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2018/10 << >> 2018/08

死後の行く末
 家内の姉の葬儀が無事終わり、今日からまた平凡な日々が始まる。私は家族葬という葬儀に始めてお参りしたが、その葬儀内容もさまざまであろう。

 亡くなった姉は今頃、どこで何をしていることであろうか。世の中には死んだら無になると思う人もいよう。だが人の本体が魂である以上、無になることはありえない。

 それは宗教家に限らず、多くの人が体外離脱や臨死体験をして、死後の世界を見てきた例が示している。わが師も人の前世や来世が見える人であった。

 人は死ねば魂が肉体を離れ、しばらく我が家にとどまる。その家族が悲しむ姿を上から見ることになるが、いくらここに居ると言っても次元が違う世界だから、会話はなりたたない。

 やがてあきらめて魂は自分が行く先を求めて歩き出す。それを阿鼻野街道という。多くの人が隊列を組み、ある目的地を目指す。それがサイの河原である。

 阿鼻野街道はいばらの道で、行く先が知れているから途中で止まりたいが、後から押されて無理やり歩かされるのである。すると途中で屋台が現れる。

 この屋台には酒やおでんなど食べ物があり、つい気が緩み立ち寄る人もいる。しかし十分にご馳走にありつけても気がつけば、牛やブタ、犬などの家畜類になっている。

 とげのあるでこぼこの長い街道を歩いて辿りつくのがサイの河原で、その先は三途の川が流れている。亡者はこの川の先が心が安定して住める冥界だと知っている。

 だがこの川を越えるのが難関となる。ほとんどの人が越えることができず、川に落ちて流されてしまう。この三途の川は地獄・餓鬼・畜生界へ導く川であり、人は前世のカルマによりその境涯の川に流されるのである。

 それは僧侶となり大きな徳を積んだと思う人も例外ではない。その心が名誉や欲心に満たされる時、僧侶といえども三途の川に落ちるのである。

 サイの河原に辿りついた亡者は、この川がどんな川か知っている。だから川に飛び込めないのだが、後から来る亡者に押されて必然的に流されてしまうのである。

 たまに虚空を飛翔して川を飛び越える者がいる。その者は家族や縁のある人が哀れみ、亡者の「解脱成仏供養」をして生前の不徳を和らげた人であった。

 サイの河原を飛翔して行く先は冥界である。ここは安心して住める居場所で、ここでまた修行を重ねて高い山を越えれば霊界へ到達できる。

 霊界まで到達すれば、あとは次の輪廻を待つ段階である。過去の生で何を学び、何を得たかにより次の学びを決める。それは男女の別なく、また国や家庭の環境、職業などさまざまである。

 このようにして人は輪廻を繰り返し魂の進化を目指す。目的はすべてを学びつくしてカルマを切り、もはや輪廻の必要のない境涯まで魂を高めることである。

 この話はわが師の著書や法話から拝借したものである。信じるか否かはあなたにお任せしよう。ただ一つ確信を持って言える事は、肉体は仮のものであり、本体は魂であるということである。だから人生はこの魂を神仏の境涯にまで進化させるために、魂の学校であるこの苦しみと悲しみの世に輪廻するのである。

 私も老境に入り、いつお迎えがきてもよいよう準備を整えている。わが師にご縁があり、神仏のご加護を頂きながら、残された余生を過ごそうと思う。

2018/09/30(日)


豪華な家族葬
 昨日は家内の姉の通夜があり、二人でお参りする。葬儀の形式は家族葬で簡単な葬儀だと思っていたら、式場の豪華さを見て驚く。

 それは普通の葬儀のように、豪華な祭壇やお盛りものにお花など、部屋は小さいけれど普通の葬儀式場と同じ内容だった。

 私がイメージしていた式場は、祭壇はなくお花が一対程度の簡素なものだったが、これでは正式の葬儀と変わりない。

 姉は以前から自分が死んだら家族葬で、香典も食事代でよいと話していたという。そのために蓄えをし、一人1万円の供養料でよいという。

 お坊さんは浄土真宗のお西さんで、通夜でありながら長い読経が続く。私の先祖は同じ浄土真宗のお東だったから、少し葬儀の読経は違っていた。

 お経の意味はだれも分からない。それは抑揚をつけた早口の朗読で、私が信仰している阿含経とは大きく異なる。私は毎日朝起きると仏壇の前に座り、わが師から教わったアーガマ(阿含経)を読み、先祖に語りかける。

 人は死ねばまた輪廻してこの世の誰かになって生を受ける。そして自分の学び足りなかった部分を主に学びなおすのである。

 浄土真宗は念仏を唱えるだけで浄土に成仏できると説く。そんなことは絶対にありえない。前世で成したカルマを切り、現世で積んだカルマを解消しないかぎり成仏はできないのである。

 中国から伝来した仏教は天台大師チギにより、阿含経を小乗経典として無視されてきた。しかしこの阿含経にこそ釈迦が説いた真の教えがあるのである。

 「因縁(カルマ)を解脱して仏陀となる」

 これが釈迦が説いた成仏の意味である。仏教は他の宗教に限らず、時代の変遷と共に多くの宗派に分かれて今がある。人がこの世に生きる意味を説いた真の教えを、2500年前にさかのぼり釈迦から学ぶ私は幸せといわねばなるまい。

 今日は葬儀が行われ、火葬されて遺骨が親族の手元に帰る。家内の姉の来世を信じ、二人で参拝しよう。

2018/09/29(土)


ピンピンコロリ
 家内の姉が死んだと、今朝案内があった。享年87歳、少し認知症の傾向があったが、生活には支障なく娘と同居していた。

 昨夜、娘が家に帰ると母が寝ていて返事がない。起こそうとしても反応かないので救急車で病院へ直行する。医師は心不全だと判断した。

 そのまま息を引き取り、生涯を終えたものである。20年前に夫と死別し娘と二人で暮していたが、元気そのままでピンピンコロリと逝ったものである。

 人は短い人生で喜怒哀楽を経験し、いろんな学びを行う。家内の姉も書道に長けた人だった。若い時から書道に親しみ、私も達筆の掛け軸をもらったことがある。

 この人生は大きな学びであったことであろう。2人の娘をもうけ、それぞれが必死に生きている。老いた親から子供に引き継ぐ財産はその生き様であろう。

 人の死に方は人それぞれだ。戦争や災害、事故に自死など悲惨な人生を送る人も多い。そのなかでも戦争で若い命を捨てた悲惨な死に方は哀れである。

 国のために戦った英雄と呼ばれても、その無念は長く尾を引き幽界で苦しんでいるのである。それらの英霊をいかに癒し、安楽な霊界へ導くか。

 その方法が仏陀の成仏法である。死んでもはやこの世に思い残すことがなくなったのに、まだ娑婆世界に未練を残し執着して苦しむ。その執着を取らねば安楽な霊界へは行けない。

 その執念を取り除き、再び輪廻の境涯に導くのが仏陀の成仏法である。わが師の教団はこの11月にミャンマーにおいて、インパール作戦などで亡くなった18万余の兵士の解脱成仏護摩法要を行われる。

 家内の姉は良い人生を過ごされた。恐らく心に無念などの念を持たず成仏されたことと思う。ピンピンコロリと逝く運命は私もお願いしたいものである。

 葬儀は家族葬で行われる。私も同席し家内とともに姉の冥福を祈ろう。

2018/09/27(木)


悲惨な事故
 昨日、北海道苫小牧市の国道36号線で起きた交通事故は、悲惨そのものであった。25歳の女性が運転する軽四と28歳の男性が運転する車が衝突し、軽四の女性とその6歳の長女が死亡した。

 右折しようとした軽四に直進してきた車が衝突したもので、軽四は鉄くずのように壊れ、幸い男性は軽傷で済んだ。現場は中央分離帯のある交差点で、原因を調査中とある。

 私も6年前に交差点で右折しようと待機し、信号が青の矢印になったので右折を開始したが、曲がりきる寸前で後ろに大きな音とショックを受ける。

 原因は赤信号を無視した87歳の老人が運転する軽四が、後ろのバンパーに衝突したものである。すぐに私は路肩に車を停めて後ろを確認する。バンパーが大きくへこんでいたが、幸いほかの車体には損傷がなかった。

 すぐに警察に連絡しようと交差点を見渡すと、何と右折しようとするパトカーが待機していた。何たる幸運! 手招きしたらすぐに駆けつけてきて、現場検証が始まる。

 原因は老人が赤信号を無視したものであったが、0.1秒早く衝突していたら私の命はなかったかもしれない。この老人に私は聞く。

 「赤信号が見えなかったのですか?」

 老人は信号が点滅していたとわけの分からない弁解をした。この交差点は富山市の中心部で、交通量は格段に多い。現場検証は15分程度で終了し、私は相手の電話番号を聞き、無償で修理をお願いする。

 そのまま目的地へ走ったが、すぐに保険会社から電話があり修理の段取りを決めた。相手の軽四も車の前部がへこみ、軽微な損傷を負った。

 このように私はすんでのとこで、命に関わる大事故を免れた。これも神仏のおかげであろうか。70万kmを走った私は自損事故が2回、違反取締りでスピード違反や一方通行違反の3回検挙されているが、自分では安全な運転と自負している。

 現代社会では車は必須であるが、それに伴う危険を共有する。事故に遭うも事故を起こすも運次第だが、偶然はありえない。

 それは必然である。それは長い輪廻のうえで積み上げたカルマの法側から発することを知る必要があろう。私は常に神仏に祈願をし、過去世の過ちを悔いているのである。

 もう老境となり、車の運転は一段と気を使う齢となった。

2018/09/26(水)


宇宙の法則
 親しいA子さんに上げたいものがあり、家を訪問する。息子夫婦と3人暮らしのA子さんは、難しい問題を抱えて悩んでいる。それは嫁と姑の関係だ。

 長男の嫁と性格がまったく違い、自分を他人扱いして言うことを聞いてくれない悩みである。詳しくは書くことができないが、この種の問題はどの家庭でも少なからずある、ありふれた問題であろうか。

 今は結婚すればすぐに家を出て、親とは同居しない。齢の差が20年、30年も違えば考え方も違い、同じ価値観を持つのはやさしいことではない。

 悩み続けるA子さんに家を出たらというが、少ない年金では生活できないという。自分一人で悩むから、うつ症状となり医者通い。それに他の病気を抱え7種の薬を飲んでいるという。

 A子さんを癒すのは話し相手が必要なのであろう。その相手をするのが私である。どんな愚痴でも素直に聞いて、ポイントをアドバイスしてあげる。

 しかし、家庭内の人間関係は複雑だ。親は少しでも息子夫婦と良い関係を保とうとするが、嫁が受け入れず他人扱いをしてしまえば叶わない。

 その原因の元はお金である。すべてはお金が支配し、物にこだわる。この世は物質主義だから当然であるが、その欲心があまりにも強いと自分の人生を狂わせる。

 私は仏道修行において常に「三毒」として、むさぼりと怒り、そして因縁因果の理法にうとい心を正すよう指導される。この心が薄れて精神性が高まることが基本的な仏道修行なのである。

 わが師は聖者への道を目指すには、まずこの三毒を切らねばならないときつく諭された。それは霊性を持つということでもある。

 家へ帰り、ふとある本を手にした。それは10年前に買ったスピリチュアルな本「超巨大・宇宙文明の真相」(ミシェル・デマルケ著)徳間書店だ。

 フランス系オーストラリア人のミシェル・デマルケ氏は、地球から15万光年離れた第三銀河のティアウーバ星人に拉致され、彼らの星を訪れていろんな知恵を授かった。

 その中に、こんな一説があった。それは宇宙の法則として、「その人がどんな惑星に住もうが、人間の基本的義務は精神性を発達させることである。」というものである。

 わが師も生前の法話は、すべてこの精神性を高める釈迦の教えであった。むさぼりのように強欲はすべてを狂わせる。それは人生を破壊し、癌などの病を誘い、自らの精神性を弱めるものである。

 むさぼりや怒りの心は人間であれば誰でも持っている。こんな私も昔は「中村は癖が強く強欲で言葉にトゲがあり、人の意見をよく聞かない。」と何度も注意をされたものである。

 私も今では高齢となり欲心も薄れたが、それでも精神性の獲得には誰よりも強い意思を持つと断言しよう。


2018/09/25(火)


高齢運転
 私より4歳上のAさんと会った。近況を聞くと元気だという。つい先日まで膝が痛く手術をして痛みは取れたという。健康寿命を越えて80歳にもなれば、病気や怪我も絶えない。

 私も最近車の運転が気になり、特に判断力と注意力が減退していることを実感するが、Aさんはつい先日アクセルとブレーキを踏み間違えて、あわや大事故になる寸前だったという。

 老人の運転で多いのがアクセルとブレーキの踏み間違いだ。よく駐車場でブレーキを踏むのに、アクセルを吹かし店を破壊するケースを聞く。

 Aさんは一人暮らしだが、時々親しい人を乗せて用事をするというが、そろそろ人を乗せるのをやめようと話される。私も車を中古の軽四に交換し、人を乗せるのが恐ろしくなってきた。

 だが今日は道場へ行くのに2人を乗せなければならない。往復1000円もかかる電車代をただにして載せてあげているが、二人は徳をしても私は気を使うだけである。

 だが2人とは長い付き合いで、いまさら拒否できない。往復55kmの距離だが、ガソリン代もバカにならず、最近は時々電車に変えた。

 いまやガソリンは153円になり3年6ケ月ぶりの価格に高騰したという。最新式のハイブリッドなら気にならないが、中古では燃費も悪く、また加速が悪いために長距離は控えている。

 この車の運転がいつまでできるか。それは自身で判断する問題だが、私は車の必要でない便利な町に住んでいるので、80歳を越えれば免許を返上することも視野にある。

 車6台を乗りつぶし70万kmを走った私には、悲しい別れが近づいている。

2018/09/24(月)


山梨のぶどう
 隣の主人から山梨で採れたぶどうを頂いた。大きな房でまだ包装した紙で覆われている。店で買えば一房1000円以上はするであろう。

 この主人は定年後に引きこもりテレビと友達になったため、足腰が弱く、ついに自由に歩けなくなった。しかし、今は週に3度ほどデイサービスへ通い、近距離なら歩行に問題ない。

 この不便を気にした家内が時々晩のおかずを提供し、喜んでいただいていた。そのお礼であろうか、かっての野球友達の友人からもらったものだそうで、毎年頂くのである。

 それにしても若いときは野球をやりながら、定年で家に引きこもるとは理解に苦しむ。恐らく趣味や嗜好がなかったからであろうが、息子と二人暮らしでは介護もままならない。

 私は63歳で定年となり15年。若い時からわが師に出会い、人生の意味を理解しようともがいてきた。また趣味も風景写真が好きで、定年後に絶景を求めて県内はもとより近県の撮影に奔走してきた。

 その集大成がこの「私の風景写真」と題したHPである。エッセイにも書いたが、私は「美」に憧れる。それは風景であり、人々の心である。

 そして俳句や短歌も好きで、写した写真に短歌を添えて楽しんできた。だから家でぼやっとする暇はなかったのである。以後70代後半となると、体力がついてこなく写真撮影は二の次となり家庭菜園に没頭する。

 そして今があるのだが、人生80年をいかにすごすか、それは人それぞれだが、私はスピリチュアルな面に関心が高く、200冊を越える本も集めてきた。

 人は魂の存在であるから、輪廻を繰り返しこの人生を終える。次はどんな国でどんな人生を迎えるか知る由もないが、この悲しみと苦しみの星を早く卒業し、私が望む魂の進化した星「プレアデス星」に生を得たいものである。

 話は横道にそれた。山梨のぶどうは天下一品! 善を行えばまたお返しをいただく。予期せぬぶどうの味をかみしめ、因果の法を確認するのである。

2018/09/22(土)


落花生大好き
 秋物野菜の種まきも終わり、来年の収穫を目指して畝を作る。その横にピーナッツの畝があり、もうすぐ収穫できる。ところがそのピーナッツを横取りしようと、空から狙うヤツがいる。

 犯人は皆から嫌われるカラスである。カラスは利巧で、ピーナッツの実りの時期を知っている。くちばしで突いて殻を掘り出し、少し離れた空き地で殻を破り、実を取り出して食べるのである。

 その防御法は畝全体に網をかぶせるほかにない。毎年のことで、今年も網で防御した。今の作業は収穫の時期でもある。その一つがサツマイモだ。

 4ケ月を経て収穫できるが、掘ってみると形が悪い。紅あずまの品種は濃い紅色が特徴だが、すべすべした表面にならず、でこぼこが多く曲がりくねったものもある。

 不平は言うまい。食べてみると甘くておいしい。大きなものはほとんど人に上げ、細くて小さなものは焼き芋用にとっておこう。

 そしてもうすぐ落花生の収穫時期となる。ピーナッツはお菓子の原料としておなじみだが、私の食べ方は小さなプラスチックの容器に実を入れて、約2分ほどレンジで加熱する。

 するとちょうど良い具合に焼けて皮がむけ食べごろとなる。今年はカラスの被害だけで済んだが、毎年悩んできた野ねずみが夏の洪水で全滅し、食害がないことを喜びたい。

 春に植えたジャガイモが芽を出した。部屋に貯蔵していたから熱くて早く芽をだしたと思うが、秋ジャガも植えたので来春まで自家製の芋が食べられる。

 最近、食品スーパーでは野菜類が高価で食費もバカにならないが、このように野菜や芋を栽培し、ふんだんに食べられることに感謝をしよう。

 常に野菜や土と会話し、また虫たちとも喧嘩する私だが、どうしたら上手に作物が作れるかを常に考えるため、頭はフル回転だ。

 野菜作りは、認知症予防にも大きな功徳を与えてくれるのである。

2018/09/21(金)


愛犬
 家内が散歩に誘う。歩いて30分ほどの距離にある産業廃棄物の会社が、広大な敷地の一角に足湯を作り無料で入ることができる。

 その隣接地がスポーツ公園で、約12ヘクタールの土地にソフトグランドが4面、サッカー場が二面、そしてテニスコートが20面に屋内テニス場も2面ある。

 娘の子供が高校生になりテニスを始めた。その試合が25kmも離れたこのスポーツ公園でよく行われ、車で送迎するのだが、そのそばにある会社の敷地で足湯と小さな喫茶店を作ったものである。

 社長は資産家で、15kmも離れた温泉地からお湯を車で運び、加熱して人々に開放される。そのすぐ近くには喫茶店もできて、コーヒーが一杯100円、そのほか飲み物も格安で提供してくれる。

 さて、家内と私がその足湯場に着くと大きな犬を連れたご婦人が犬と一緒に足湯に入っていた。足湯は人間だけでなく、何と犬の入る場も併設されている。

 おしゃべりな家内がこのご婦人に質問の雨を降らせる。どこから来たのか、犬の名は、犬の齢はいくつ、室内犬かなど、犬に関する質問である。

 実は家内は家の近くに友達がおり、その家では独身の息子が室内犬を飼っているので関心があったのであろう。私も家内もペットを飼う気はさらさらない。

 犬はゴールデン・レトリバーだった。羊のように大きく、室内で飼っているという。イギリス原産のこの犬は大型犬で、賢さ、忠誠心、温和な性格で、ペットして愛好されているそうだ。

 あまりにも大きいので家内が質問する。この犬の体重は? 答えは30kgだそうだ。こんな大型犬を室内で飼うのはよほど広い家であろう。

 私は犬の餌も大変でしょうと聞くと、正直に話された。子供を一人養うほどの経費がかかるとか。私は犬を見て恐ろしさを感ずる。しかし温和でよくなついているのだろう。

 まるでわが子に話しかけるように犬を操り、犬も察知してすぐに答えてくれる。これがペットの醍醐味であろうか。

 犬や猫を飼う人も多い。私も昔、セキセイ・インコを飼っていたことがある。動物は嫌だが、鳥なら楽しい。なぜなら子供のころ、山奥の家に住んでいたときは裏がブナの原生林で、フクロウやムササビにカケス、シジュウガラなどの野鳥が多く住み、常にそのさえずりを聞いていたからである。

 そのインコも卵を産んで増やし、人にあげた記憶がある。今はペットの世話ができず、関心もなくなった。

 人は寂しさから飼うケースが多いと思うが、私は余生をスピリチュアルな読書と瞑想、畑で野菜を栽培する面で楽しんでいるのである。

2018/09/20(木)


高齢での治療
 私の2軒隣のおばあさんが白内障の手術をするか、どうかで迷っていると聞いた。このおばあさんは次男と二人暮らしだが、すこぶる元気でおん齢97歳、もうすぐ98歳の誕生日を迎えるが、身体は至って健康で、毎日庭の手入れを欠かさない。

 それはいろんな花を植えているからで、時々私は仏壇にお供えする花を頂く。こんな高齢で元気であれば100歳も大丈夫であろうが、白内障が進むと大変なことになる。

 家から近い開業医は、こんな高齢では手術に自信がないと総合病院を勧める。高齢では手術に失敗し、目が見えなくなる確率が高くなるそうで、自信がないのであろう。

 さて、どうするか。私ならこのまま様子を見て過ごそうと思うが、老いては致命的な手術ならいざ知らず、この種の手術を判断するのは難しいであろう。

 敬老の日が来て、わが富山県では100歳以上の高齢者が759人となり、昨年より19人減ったという。2年連続で減り、人生100歳時代と騒がれる昨今、減少しつつあるのはどうしてだろうか。

 最高齢は男性で105歳、女性で110歳とあった。長生きはめでたいことだが、隣のおばあさんのようにピンピンとした人生を送りたいものである。

 私は78歳。まだまだ元気だが、いつまで生きられるかは天のみが知る。


2018/09/19(水)


敬老の日
 17日は敬老の日で3連休となる。総務省の発表によると、日本の65歳以上の老人は総人口の28%にわたる3557万人で、過去最多を更新した。

 そのうち女性が2012万人、男性が1545万人とある。そのなかで働く高齢者は807万人で、14年連続増加し過去最多となる。その割合は23%で、アメリカの18.6%、イギリスが10%、フランスが3%とあった。

 私も78歳の高齢者で、家内も75歳となった。おかげさまで二人とも元気で生活に支障はないが、このように長寿社会になると老いる先が心配となる。

 私の理想はピンピンコロリだ。長生きして最後はコロリと死ぬ。こんなめでたいことはあるまい。そのために何をするか。それは仏道修行と瞑想である。

 その証拠に高僧はすべて元気で長寿である。そしてわが師も現役で95歳の長寿を全うされた。北海道の札幌で開かれた例祭からの帰途、大阪空港で飛行機を降り車椅子に乗ったまま静かに遷化された。

 生涯現役で、全国各地をくまなく回り信者に勇気を与え続けられた師は、既存の仏教では説かないアーガマ(阿含経)を世に出され、多くの奇跡を目の当たりにしてきた。

 その基本は瞑想である。師は何冊も本に書かれ、話された。それは次元を超えた世界の真実である。「人の依って来た道・往く道」を平易に説かれ、私も自分が持つ隠れた因縁(カルマ)を教えていただいた。

 わが師は人の前世や来世が見えた人であった。その根幹は間脳の視床下部にある松果体である。この松果体に、あるホルモンを流すと異次元が見えるという。

 私は最近、娘が紹介してくれた本「高次元シリウスが伝えたい・水晶(珪素)化する地球人の秘密」(ヒカルランド刊)ドクタードルフィンこと、松久正氏の著書を読んで、わが師の秘密を真実と感ずることができた。

 異次元を体験する瞑想はたやすいことではない。だが釈迦がそうであったように、わが師も同じ霊性をもたれる。

 長寿を全うし、ピンピンコロリと死ねるのは、この瞑想をおいてほかにない。私は自分の死期をわが師にお任せしよう。

 私は今、敬老の日に元気でこの日記を書ける幸せをかみ締めているのである。 

2018/09/17(月)


増え続ける社会保障
 読売新聞の一面に、貧困・社会保障が専門の首都大学東京教授の阿部彩氏が「国民負担伝える勇気」と題し、総裁選に望む自身の心境を投稿されている。

 今や高齢化の進展で、年金に医療や介護など社会保障給付の費用が膨らみ、税や保険料でまかないきれず、国の借金が増え続けている状態は誰もが知っている。

 厚生労働省の2017年の国民生活基礎調査で、「生活が苦しい」と答えた世帯は全体の55.8%に及び、過半数の暮らしが厳しくなっているそうである。

 ことに高齢女性やひとり親世帯への支援は不十分で、半世紀以上前に整備された皆保険・皆年金も保険料が支払えず国民年金に至っては、約40%近い人が保険料を払っていない。

 「必要最低限の生活は憲法で保障されている」とあるが、生活保護以下の生活を余儀なくされている人も多いのが現実であろう。

 日本は格差の小さい豊かな国だとの迷信は、実際とはかけ離れている。阿部彩氏は財源を含め社会保障全体の議論が下火になっている問題を憂え、このまま進めば10年後にはとんでもない状態になるだろうと嘆かれる。

 高福祉・高負担は欧州や北欧で普通だが、その負担にどれだけ耐えられるかが問題となろう。私も80歳近くなり年金生活だ。今のところ生活に困ることはないが、私が死ねば家族は貧乏生活に陥ることは間違いない。

 老後資金が2千万円とか3千万円とささやかれるように、十分な貯金があれば問題ないであろう。だがこれほどの預貯金がある人はそういないであろう。

 私もそのひとり。ことに認知症など介護が必要となれば、養護施設も満員で民間の施設では月に15万円以上の費用がかかる。

 今日も特殊詐欺で、3千万円を失った高齢の母親がニュースになっていた。この種の話は時々あるが、高額の預貯金を持つ人もいる。

 自民党の総裁選が誰になろうが、未来の生活に不安を感ずる人も多い。この増え続ける社会保障費を解決するのは容易なことではない。

2018/09/15(土)


ドクダミ
 ドクダミとは草の名で、昔は薬草として乾かし煎じて飲んだ。しかし今はいろんな薬があり、薬草と言うイメージはない。そのドクダミは生命力が強く、短期間で根がはびこり一面に育って白い花を咲かせる。

 そのドクダミがわが庭の花壇を占領している。花壇は居間から眺められるので、いろんな花を植えて楽しんできた。春はチューリップにショウブやシラン。初夏は200本以上の百合が花壇を覆う。そのほかいろんな花を植えて楽しんできたが、ここで思わぬことが起きた。

 それはこのドクダミが花壇を覆い、花を観賞しずらくなってきたのである。ドクダミは根を掘り起こして捨てるが、深さ30cmにもなり、1cm程度の根が切れて残っても、そこから成長しすごいスピードで繁殖する。

 そこで花壇の花が咲き終わったので、総ての球根を掘り起こし、ドクダミを駆除することにした。スコップと鍬で掘り起こし、ドクダミの根をすべて取り出し、ゴミとして袋に詰める。

 花壇は縦2m、横が5mほどあり、それぞれ違う花の場所を決めて植えなおす。2mもあると手が届かないので、中間に歩道として30cmのブロックを敷くことにした。

 来年は新しく植え替えた花壇で、いろんな花が咲くであろう。富山県はチューリップの産地で、色とりどりの花が楽しめる。我が家の庭もこのチューリップが花壇を覆う。

 ドクダミを駆除した花壇は、花も喜んでくれるであろう。花を愛し、花に愛される私。十分に手入れをしてやれば、花も喜んで美しい花を咲かせてくれる。

2018/09/14(金)


さつまいも
 サツマイモが収穫時期となり、畑で試しに収穫してみる。大きな芋が1本のつるに3,4個、十分な大きさになっていた。しかし、芋が根元に集中していなく、枝別れしてしかも深く潜っている。

 こんな芋は初めてで、スコップで深く掘りこみ、傷をつけないよう気をつけて掘り進む。もう一つの気がかりは、芋の表面が滑らかではなく、縦に筋のようにくぼんでいるところがあることだった。

 水で洗うと赤い芋の肌がきれいだ。サツマイモは冬に焼き芋にして食べるが、今はまだストーブがなく、家内が肉と一緒に煮ておいしく食べる。

 今夜のNHKの番組「がってん!」では、さつまいもを取り上げていた。その品種の特徴や食べ方など大いに参考になる。最近開発された品種で「べにはるか」が注目を浴びているという。

 それは実が柔らかくホクホク感はあまりないが、焼き芋に適しているからだ。昨年は友人に頼み、「五郎島金時」の品種を手配してもらったが、今年はホームセンターで「ベニアズマ」を買った。

 7月の西日本豪雨で河川敷の畑が水浸しになり、復旧に大きな手間がかかったが、おかげでモグラや野ねずみが全滅した。だからサツマイモがネズミの食害に遭わず、安心して収穫できる。

 サツマイモで思い出した。それは戦中戦後の食糧難の時代だ。山奥のふるさとでは食べるものがなく、粟や稗にきび、そしてサツマイモのつるを食べた記憶がよみがえる。

 まだ5,6才のころで、今の豊かな食生活を誰が予想できたであろうか。そしてまさか自分がサツマオモを作るなんて、想像もできなかった。

 この飽食の時代を、感謝もなく過ごす自分が情けない。

2018/09/12(水)


家庭の悩み
 親しいA子さんから電話があり、用事を頼まれる。A子さんは息子夫婦と3人暮らしで、年金生活者だ。そのA子さんは病弱で、脳梗塞を2回起こしたが何とか生活に不便はない。

 だが家を訪ねると、足を怪我してビツコを引きながら出てきた。車から降りるときにつまずいたとのことで、痩せ細り元気がない。

 何でも息子の嫁さんと仲が悪く口も利かず、たまに話してもののしるばかりだという。そんな関係から鬱状態となり、私を呼んだものである。

 親子が同じ家に住むにはそれ相応の覚悟が必要である。仲のよい親子もいるが、年齢差が2、30年も違えば価値観も違い、親子と言えども意見の違いは大きい。

 A子さんの場合、嫁が酒飲みで休日など朝から酒びたりだという。まじめに事務の仕事をしているが、アルコール依存症で酔うと暴言が飛び出す。

 そんな状態なら、息子夫婦に家を出てもらったらと言うが、自分たちの部屋をリホームした家はそう簡単に出ることができない。

 この世は人間関係の悩みが一番多いことであろう。職場や家庭など人との接触で生ずる悩みである。

 この悩みを解決する方法はないものであろうか。そこで私が実践しているハワイに伝わる癒しの秘法「ホ・オポノポノ」を紹介しよう。それは400年前から続く対人関係など多くの問題を解決へ導く方法である。

 私たちの潜在意識は、宇宙創成以来のすべての記憶にアクセスして、顕在意識が確認する100万倍もの膨大な記憶を、今この瞬間に立ち上げているという。

 物事が完璧でなくなり、私たちが不幸になるのは、この潜在意識の中の過去の記憶が再生されて、わたしたちの人生に投影されるからだとする。

 だからこの潜在意識の中で毎秒立ち上がる過去の記憶を消去し、神聖なる知能と一体になる法法がセルフアイデンテティ「ホ・オポノポノ」である。

 その方法は簡単で「ありがとう。ごめんなさい。許してください。愛しています。」たったこれだけの言葉で誰にでもすぐに奇跡が起きるとする。

 詳しくは同類の本が何冊も出ているが、私の手元にあるのは「みんなが幸せになるホ・オポノポノ」(イハレアカラ・ヒューレン)インタビュー者:櫻庭雅文 (徳間書店)だ。

 関心のある人は是非この種の本を読んで頂こう。

2018/09/11(火)


車の異変
 昨年の12月、長らく愛用したトヨタのカローラを売却し、代わりに10年落ちの中古車、スズキワゴンRに乗り換えた。高齢となり注意力や判断力が鈍いことは自覚できるので、長距離を走ることもなく経費の安い車に替えたものである。

 その車が7月からの猛暑でエンジン室に異音が発生し、始動するとすぐにキー・キー・キーとベルトが磨れる音がする。その異音は5秒程度で消滅するが、販売店の店主でも故障箇所が分からない。

 そこで一週間ほど預かり、エンジンを下げて異音の発生原因を調べてもらう予定だった。ところがこの異常な気温の低下で、その音がまったくしなくなった。

 今日はその旨、電話で連絡し、様子を見ることにした。この異音は音の高い時と低いときがあった。とにかく嫌な音で、どんな原因かがまったく分からない。

 どうも外温と関係があるようで、その因果関係は専門家でも見分けは難しいことであろう。5万kmを走行した中古車だが、さすが軽四だ。その痛みも激しいようだ。

 買うときはあまり気にしなかったが、黒の車体は夏の高温で室内が暑い。それに4駆だから燃費が気になったが、春は17km、夏でも13kmほど走ってくれた。

 車体が軽いため、バウンドして乗り心地が良くない。加速も悪くこれが軽四の限界であろうか。しかし室内は広く、運転感覚も悪くない。

 もう長距離運転はしないのでこれで十分。この異音の原因が分かれば安心だが、それは専門家にお任せしよう。

 今日も往復60kmほど走ってきた。市内の道で急に車線変更したら、後ろの車に警笛を鳴らされた。雨が強く降っていたから後ろがよく判らなかったものである。

 今年は富山県内の死亡事故が9月6日現在で35人、うち高齢者が21人と60%を越えた。昨年より11人も増え、その加害者も65歳以上の高齢者運転者が多い。

 走る凶器である車だが、反面なくてはならない乗り物であることは間違いない。その矛盾をいかになくすか。それは個々人の判断による。

2018/09/10(月)


不安な世の中
 この世は不安だらけだ。自然災害に経済、テロや内戦、独裁者の采配など、生きてゆくのも大変な時代を迎えている。そのうち災害はその規模と頻度を増して人類に襲いかかるであろう。

 北海道で発生した唯一震度7の大地震は、その被害の規模が大きく、被災された人たちには悲惨な前途が待っている。私はこれらの人たちの窮状を憂えて、何度もわずかなお金を寄付してきた。だが、私も家庭の事情があり、今は寄付どころではない。

 今、外国からの観光客が大勢日本に来ている。それらのお客が災害に遭う確率も増えて減少に転じなければよいが、それが気がかりだ。

 今のところ私は大災害に遭ったことはないが、火災保険と地震保険だけは真っ先に契約した。この日本はどこに住もうが、地震だけは避けて通れない災害だからである。

 災害で多くの人が苦しみ悲しんでいる。家族を亡くし財産も無に帰した場合、生きてゆくのも辛い難題となろう。その運命をどう納得するか。

 私はスピリチュアルな本を多く読んで、この世に生きる意味を模索してきた。時々、自分がなぜこの世に生まれて不安や困難を味わい苦しむのかを考える。

 人の一生は艱難辛苦の連続だ。常に四苦八苦を味わい、災害や事故、病気などで一生を終える。生きるのが楽しいこともあるが、基本的に苦の世界なのである。

 だから宗教が生まれ、多くの偉人がその対処法を説いた。私はわが師に師事し、釈迦の真の悟りであるアーガマ(阿含経)により、この世に生きて自らの魂を進化させる教法を学んできた。

 また多くのスピリチュアルな本を読み、人類の行く末を模索してきた。最近読んだ本で、人類がこの世に生きる意味を説かれた本を紹介しよう。

 それは昨日も書いた、ドクタードルフィンこと松久正氏の考えである。氏は著書の巻末で次のように話される。

 「地球は傷つく場、泣きたくなる場です。身体と人生の困難は、魂が自分を進化・成長させるために選択した題材です。魂が進化・成長するためにやることは、実は苦悩ではなく、エンターテイメントなのです。

 だって、自分が楽で愉しくなるためにやる過程なのだから。残念なことに、今の地球社会では、病気と困難はネガティブなもので、ないほうが良い、あってはいけないものという常識と固定観念で成り立っています。」と。

 苦しみを感じられる人は、愉しみを感じる能力を持っており、すべては自分が選択したということであり、魂は自分の進化と成長につながることしか選択しませんと喝破される。

 この意味が少しは理解できれば、あらゆる困難を生き抜く力がわいてこよう。

2018/09/08(土)


削られた大地
 北海道の大地震は多くの地すべりを起こし、山並みが崩れて赤い地肌を見せる光景は異常としか言いようがない。軽石が表面を覆った山は地震の振動に弱い。

 航空写真を見ていると、その規模に驚かされるが、山すそに住む住民は崩れた土砂で埋まり、大きな犠牲をだした。まさか、こんな地震が起きるとは夢想だにしていなかったと思うが、これが災害である。

 私は4年前、中学時代まで住んでいた越中五箇山の家を解体処分した。家は裏山を削って建てた合掌造りの家だったが、父が新しい家に建て替えで60年、その家も私が解体処分し230年の歴史が幕を閉じた。

 裏山は急斜面のブナ林で、少しくぼんだ下に家を建てたので、谷が崩壊する危険があると思っていたが、全山がブナの林なので根が深く崩落することはなかった。

 ただ落石があるので、行政の負担で200mの高さにわたり階段状に防止柵を作っていただいた。裏山は屋敷林のすぐ上からブナが生い茂り、夜はふくろうが鳴き、ムササビが飛び交う。

 そして秋になると穴熊が落ちた柿の実を食べにうろつき、冬は野うさぎや山鳥が歩きまわり、そのうさぎや山鳥を捕まえて肉を食べた。

 合掌造りの家は隙間だらけで、蛇がネズミなどの餌を求めて家に上がりこんだ。あるとき町に住む従妹が遊びに来てトイレに入る。なんとそこには大きな青大将がどくろを巻いており、大きな悲鳴をあげて逃げてきた記憶がある。

 戦中に大きな地震があったが、まだ4歳程度で畑を耕す母のそばで遊んでいたことを思い出す。光陰矢の如し! 今は父母も亡くなり家も解体して、私も80歳に近くなりふるさとを去った。

 わがふるさとの山は北海道と土質が違うので大規模な崩落にはならないと思うが、それでもどんな災いが襲うか分からない。

 昨日も書いたが、これからどんな大災害が発生するか分からない。幸い今住んでいる町は安全性が高いと思われるが、富山市は呉羽山断層があり、これが動けば最大M7クラスの地震が起きると予想される。

 その確率は30年で5%程度だが、地震への備えを再考しようと思う。

2018/09/07(金)


災害列島日本
 台風21号が近畿に大きな被害を与えて過ぎ去った。するとまもなく今度は北海道でM6.7の地震があり、震度7で大きな被害を与えた。

 震源地は過去何度も起きている地域で、これほどの大きな地震は始めてであるそうだ。日本は地震列島で、これからも大きな地震が何度も襲うことであろう。

 この地球は新たな災害の発生時期に入った。その中でも地震が一番怖い。それは予告なしに突然襲うからだが、せめていつ来ても必要最小限の備えだけはしておこう。

 私は東日本大震災を契機に、タンスや本棚など家具を固定する処置を施した。万全とはいかないが、まさかのときは逃げる時間もあるだろう。

 今回の地震のように、真夜中に起きれば一番危険度が増す。今、北海道は全域が停電し、交通機関も止まり、その生活は不安だらけだ。

 オール電化の我が家は、長期の停電に備えて携帯用のカセットコンロを常備している。だが水道が止まれば万事急す。井戸とポンプも持っているが、浅井戸であり、飲用には適さない。

 これらの災害が起きる原因について、スピリチュアルな医師であるドクタードルフィンこと、松久正氏は著書「高次元シリウスが伝えたい 水晶(珪素)化する地球人の秘密」(ヒカルランド刊)で次のように解説される。

 「今、地球で起こっている地震・津波・放射能の問題も含めて、自然現象の乱れに最も力を持っているのは、人間よりも水晶をはじめとする鉱物と、微生物の集合意識です。

 数が圧倒的に違うから、地球人の集合意識よりもそれらの集合意識のほうが強い。今の地球人にはそれが気づいていません。」と。

 鉱物であれ、微生物であれ、すべてのものには意識と意思がある。だが、そのエネルギーが小さく、自分の意思を表すことができない。

 しかし、その数が増し、集合意識となれば話しは別だと喝破される。人間の意識が高まり、われ良しの世となれば、その意識は万物に影響を与える。

 その意識を善に高めるのが脳の松果体であり、宇宙からのエネルギーを受け取る機能を持つ。この宇宙の目的は「愛と調和」であり、人の魂を進化・成長させることでしかない。

 この自然災害も、基本的には天が呼び込んだ、進化を促すための通過点であろう。

2018/09/06(木)


台風21号
 最強クラスの台風21号が過ぎ去ろうとしている。20号と同じコースを通り、気圧が低く最大風速も50mの台風が、大きな被害を残して北上した。

 わが富山県はそよ風程度で、被害もなく安心して過ごせた。だが日中のテレビはこの台風の状況報告しかない。そして近畿では大きな被害が出た。

 関西空港が水浸しになり、取り付け道路にタンカーが衝突したり、駐車場の車が吹き飛ばされ、多数の車が屑のような廃車になり、多くの車が燃えている様を見て、その被害に驚く。

 一番の心配は大きな門かぶりの松だった。塀に沿い、約30年の歳月を楽しませてくれた松は、風で倒れれば大きな被害を被る。風は温かい南風から西風に変わったが、風を直接受ける位置にないため安心して見ていた。

 雨も心配したようには降らず、河川敷の畑は冠水していないかもしれない。明日は大根とほうれん草の種を蒔こう。

 温暖化の影響はCO2やメタンなど、温室効果ガスの排出による。その膨大なガスは一部海水により吸収されるが、多くは大気に漂い気温を上げる。

 化石燃料がその主要因だが、人類の欲望はとどまるところを知らず、アメリカのトランプ大統領のようにわれ良しの政策をとれば、より早く限界に達しよう。

 すでに北極海や南極では氷が解け、海水面の上昇も心配である。今回の高潮による関西空港の冠水を見ていると、その恐怖は人事ではない。

 太平洋に浮かぶ島々がその恐怖を感ずるように、いずれは海面上昇でより大きな災害を覚悟しなければならないだろう。

 地球温暖化の原因は太陽にあるとの説もあるが、今この太陽系にも大きな異変が起きているという。その警告は、かの地球・先史文明研究家の浅川嘉富氏のHPや、宇宙の同胞たちによってももたらされる。

 進化した宇宙の同胞たちの存在を、信じない人に見せたいものがある。それは娘がくれた1枚の写真である。それは福井県の東尋坊で偶然写された写真であるが、子供が遠くの海を見て騒ぐので見ると、巨大なUFOが見えた。

 写真に撮られた直径数十kmもあろうかと思われる丸いUFOが、見事に写った写真を見れば誰もが信じないわけにはゆかない。

 彼らは我々に警告する。早く物質主義や貨幣経済から脱却し、次元を上げた霊的な世界を目指し、魂の進化を図れと!

2018/09/04(火)


巨大地震は来るか
 昨夜のNHKスペシャル「メガクエイク・地底で不気味な動き」で、南海トラフで起きるであろう巨大地震について放映していた。

 九州宮崎沖から東海静岡沖にかけて起きる南海トラフ地震は、過去に何度も起きてその痕跡が各地で見つかっている。今、その地震が起きる確率が高まり、30年までにおきる確率が70%から80%に達するという。

 その現象はスロースリップという静かな地盤のすべりで、九州宮崎沖から四国の高知沖へ移り、このひずみがM9クラスの巨大地震を誘発するのだそうだ。

 この地震が起きれば震度7クラスの地震と10mを越す津波で、死者は32万人と推定され、1400兆円以上の被害を与えて最貧国の憂き目になるという。

 昨日はウォータークロックという水難について書いた。災害は台風や豪雨だけでなく、この地震が一番怖い。あの東日本大震災を思い出しても、津波の被害は財産や人名を人のみにしてしまう。

 ここに日月神示という予言がある。この予言は岡本天明が戦中から戦後にかけて、神界から受けた啓示であり、わけの分からない文字や絵で、自動的に手が動く「自動書記」で書かれたものである。

 その多くの予言の中に、「天地がまぜこぜになる大難」が起きるとある。その規模はこの世がすべて崩壊し、新たな世の出現を暗示したものである。

 その時期はいつか? 予言によると子年を中心に前後合わせて10年とある。子年は2020年の東京オリンピックの年だが、その5年前から5年後の10年に起きるだろうとの事であるが、いつの子年かは記述はない。

 それは12年後の2032年かもしれないし、またその後の12年後かもしれない。要はこの大難は必ず起きるということである。これらの予言は世界で多くの霊覚者が啓示を受けている。

 この地球人類の行く末は、まもなくだれもが実感できる時代が来よう。

2018/09/02(日)


ウォータークロックの時代が始まった
 東北や北陸に豪雨が襲い、富山県でもこの3日間に8月の平均を上回る雨が降った。西日本や近畿、東海地方の豪雨災害は起きたばかり。、これから台風とともに日本各地でその頻度を増すことであろう。

 この豪雨による災害はすでに予言されたことである。それは地球先史文明研究家の浅川嘉富氏が、ニュージランドの先住民であるワイタハ族・ルカファミリーの長老ポロハウ氏より賜ったものである。

 この地球は2011年1月12日をもってストーンクロック(石の時代)から、ウォータークロック(水の時代)へと移り変わる重要な日であるとの予言であった。

 ワイタハ族は5000年の歴史があり、その先祖はシリウスやプレアデス星人から教わった知恵であるという。この水の時代が本格的に始まると、世界各地で豪雨や台風が発生し、また寒波に襲われたり、国土の多くが水没する事態も発生するという。

 今、台風21号が日本を目指して北上中だ。その中心気圧は900hHPに近く、海面が100m下がっても26℃の水温で、風でかき回しても大して気圧は上がらないという。

 その結果、低い気圧のまま日本に近づき、本土を縦断すれば大きな被害の発生が予想される。今のところわが富山県と石川県が中心のコースが予想され、どんな風速と雨が降るか心配である。

 そしてもう一つ気になるのがNASAの宇宙ステーションである。先日、空気の圧力がわずかに低下するトラブルが発生したそうで、6人の宇宙飛行士には問題ないが、その原因は隕石の衝突が原因かもしれないといわれる。

 この宇宙ステーションにも問題がある。それは浅川嘉富氏の著書「2012年アセンション最後の真実」(学研)に書かれているが、宇宙ステーションが何らかの原因で墜落する時が、地球が大異変に巻き込まれる時を暗示しているという。

 その異変をアセンションという。この地球文明はゴンドワナ・レムリア。アトランテス・ムーなど長い歴史を繰り返し、勃興し崩壊してきた。そして今が5度目の文明だという。

 その文明がまた崩壊の危機にある。しかし今度の崩壊を持って今までの物質文明は終わりを告げよう。次ははるかに進歩した5次元の文明になるはずである。

 その時期が来るには、その次元に沿った地球が必要となる。アセンションは人類だけでなく、この住処である地球自身の進化を意味するのである。

 今、幾多の預言者が世に出て、新たな文明へ移行する時を告げる。その時期はそう遠いものではないであろう。

2018/09/01(土)

My Diary Version 1.21
Written by 中村邦夫 CGI提供じゃわ