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家内の姉 夫の死
 昨日の夜、家内の姉から電話があり、夫が亡くなったとのことだった。享年79歳。死因は心筋梗塞で、まだ平均寿命に達しないが、そこそこの齢で亡くなったものである。

 夫は波乱万丈の人生を送り、定年後は酒におぼれて妻と口論に明け暮れていた。アルチュウで暴論が重なり暴力に発展するので、姉はそのたびに家内に電話してきた。

 そのストレスで家内も体調を崩し、医者通いが絶えなかった。姉もペースメーカーを入れた障害者で、耐えられずデイサービスで一夜を過ごしたり、町内の公民館で一夜を過ごしたこともあるという。

 死亡したのは27日の日曜日だったが姉との交流がなく、姉が知ったのは2日遅れた29日だった。今日は家内とお悔やみに出かける。

 葬儀は家族葬で、式は家で済ますという。親戚も少なく、お金のかかる葬儀は避けて息子が知り合いの僧侶にお経をあげていただき火葬するのだそうだ。当然新聞の死亡欄には出さず、ひっそりとしたお別れの式である。

 私は毎日、新聞の死亡欄を見る。それは故郷の知人や同級生に会社の先輩後輩の安否を探すためであるが、田舎の老人の死が時々新聞に出る。

 隔絶した山村で限界集落の故郷は、加速度をつけて人口が減る。集落の運営維持が困難を極めれば、集落そのものが消滅しよう。

 私も80歳の傘寿を向かえ、長く努めた会社から功労賞をいただくよう連絡を受けた。すぐ隣に同じ齢の知人が住んでいるが、今日も救急車で病院に運ばれたという。

 どんな病気か知らないが、この齢になればいつお迎えがきても不思議ではない。寿命は天からの授かり物であるが、末永く長寿を全うするのはストレスをなくし、適度な運動とバランスの取れた食事が欠かせない。

 私はそれに加え、わが師に師事し仏陀の教えと深い瞑想を毎日の日課とし、精神世界の探訪と心の鍛錬を欠かさない。

 私の寿命は天のみが知る。その天寿を全うするために私は生きる。

2019/10/30(水)


奇跡が起きる
 私のふるさと、越中五箇山の小原地区で行った加賀藩の遊女おさよの供養については、先日の日記で詳しく書いた。そして昨日は法要のメンバーだったA子さんから思わぬ奇跡を話された。

 それはおさよの供養が済んで一週間目に、誰かが呼んでいるような気がして再度、現地に行ってみたという。東海北陸道を約1時間走り現地に着くと、思わぬ光景が目に入った。

 それはおさよ塚の横に並んだ地区のお墓のすべてに、きれいなお花が生けられていたという。誰が何のために高価なお花を先祖にささげられたのかは全く不明である。

 しかし、私はこの誰か分からない人が生けたお花は、他人が生けたものではないと思うのである。個人のお墓に他人が生けることは本来、考えられない珍事であろう。

 恐らく村の人たちがおさよの苦しみに鑑み、おさよと同様、自分の先祖にも供養のささげ物をしたのであろうか。おさよの墓は1週間前の法要にささげたお花が、まだ当時のような輝きをもって飾ってあったという。

 私の写真におさよの踊る姿が出たのは、だれでも見れば分かる。その写真は2Lに引き伸ばしてみると、より鮮明に姿が判断できた。

 これは完全な霊写真となった。25年前に写したおさよが身投げした近くの滝を写したときに出た、おさよと牢番吉間の写真のような感じで炎の中に浮かんで見える。

 私は確信を持って言える。おさよは完全に自分の死を自覚し、次なる輪廻に向かって、より幸せな人生を目指すことになるであろと。

 おさよは今から330年前の人だが、当時は私もそこにいておさよと何か関係のある仕事をしていたのかも知れない。例えば流刑者を扱う役人か、村の総代の立場だったのであろう。

 人は誕生してから永遠に輪廻を繰り返し、魂の進化を目指す。それは魂を創造していただいた創造主の身元へ還るためである。

 人とは何か、人はどこから来てどこへ行くのか、人生の不思議は霊的な世界をを知ることにより少しは理解できることになろう。

2019/10/28(月)


イスラエルに世界平和祈念堂建立
 阿含宗では世界の三大宗教の聖地であるイスラエルのエルサレムに、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のほかに真正仏舎利を奉安した仏教の「世界平和祈念堂」を建立することになった。

 わが師は2008年に同市において、「イスラエル建国60周年・世界平和祈念・イスラエル大柴燈護摩供」を厳修し、その後、2013年にはエルサレム植物園日本庭園にて、「聖地エルサレム仏舎利塔建立供養・平和祈念モニュメント開設式典」が行われた。

 そして今回は本格的仏教様式の「エルサレム桐山靖雄・世界平和祈念堂」が建立されることになったものである。

 これで世界4大宗教がそろい、中東の地はもとより、世界の恒久平和の実現を、お釈迦様の成仏法を持って祈ることができる護摩堂が、三大一神教の地に誕生するわけである。

 今、中東ではトルコとシリア、クルド人の間に戦乱が続き、それがいつ大戦になるか予断を許さない。そんななか、釈迦の成仏法を持って世界の平和を祈る仏教が仲間入りしたことは、奇跡的な出来事となった。

 ここで「人類救済の御聖火」が燃え上がれば、三大一神教と共に、カルマを絶つわが師の教団が加わることで、世界平和に向けた流れが始まると期待されるのである。

 人類の歴史は戦乱の歴史である。その戦乱は益々加速し、ハルマゲドンという世界最終戦争も取りざたされる今日である。この恒久平和を願うわが師の理念が加わることで、少しでも良い方向への転換を切に願うものである。

 世界は戦乱の極に達しようとしているが、また平和を願い人類の幸せを得ようとする動きもあることを知って欲しいのである。

2019/10/27(日)


豪雨被害
 また豪雨がやってきた。今、千葉県では豪雨により大変な被害が出ている。半日で1ケ月分の230mmもの雨が降れば、被害は免れない。それは今年の運勢でも知ることができる。

 今年は密教占星術の三元九星術で、八白土星の年である。八白土星の定位置は艮宮で、その象意は「古いものが終焉して、新しいものが発足する」、「変化・変革・改革」の年であり、思いもよらない「変化・変動」が起きる年とする。

 また「積み重ねる」という象意もあり、溜まったエネルギーが突然放出され、地震や噴火、風水害の注意が必要とある。

 思いもよらない変化とは何であろうか。それは100年に一度か、考えてもいなかった変化が起きることを言うのであろう。

 近年、地球温暖化の影響が顕著になり、海水温度が上昇して巨大台風や豪雨が襲うようになった。それは必然のことである。

 わが町は今のところ目だった被害はないが、これから先は地震や噴火に津波、台風や水害などの恐れが危惧される。富山市には呉羽山断層があり、M7クラスの地震が起きる確率は30年で5%程度だというが、安心はできない。

 それに立山の地獄谷が活火山で、これも恐ろしい。今私は美しい立山の紅葉を、毎日HPのトップで更新している。しかしこの紅葉も噴火すれば灰燼に帰し、かって噴火でできた広大な弥陀ヶ原の風景を再現することになろう。

 避難の場所がまだ住民に周知されていない。知らないのは私だけかも知れないが、小学校の公民館とすれば遠くて老人にはきつい。

 この地球は、人類が犯した強欲、すなわち「われ良し」の生活から、自らを苦しめる段階に達した。

2019/10/25(金)


ピーナッツが全滅
 ピーナッツの収穫時期となり、害鳥の被害を免れるために張った網を外す。ところが根の部分をよく見ると、ピーナッツの殻が散らばっている。

 どうも鳥ではないようだ。そして地面に穴が開き、鼠の仕業かもしれない。掘ってみるとほとんど実はついていなかった。すなわち今年のピーナッツは全滅である。

 畝を掘り起こしてみたが、ほんの種になる程度の実しか収穫できない。これでは隣のご夫人と約束したピーナッツの提供が無になってしまった。

 昨年は豊作で、毎日のようにピーナッツをレンジで焼き食べていた。今年は来年の種にするほどの量が手元に残るのみである。

 今年の畑は異常続きで、タマネギの収穫がトウが出て全滅した。冬が暖かく種を出そうとして食用にならなくなったものである。

 幸い台風19号やその他の豪雨で畑が冠水することはなかったが、天候の急変が思わぬ結果を招くことが分かった。食品スーパーでは野菜が高い。小規模の畑作ではそれほど安く作れないが、それでも作る楽しみがある。

 周りの耕作者はすべて私のような老人だ。だがその老人たちと会話しながら楽しい日々を過ごす。毎日が日曜日の私は畑が唯一の友達となる。

 今年はイチゴが豊作で、孫たちに多くをあげた。来年の作付けも順調で、十分期待できる。今、関東や東北の農家が台風の被害を受けて苦しんでいる。

 この異常気象はどこでどんな被害を受けるか、それは天のみが知る。

2019/10/24(木)


夫婦喧嘩
 A子さんが夫婦関係で悩んでいる。それは夫がアルチュウで、注意するとすぐに切れて酒を飲み暴れるからだ。暴言だけなら良いが暴力を振るい、怪我が心配で逃げださなければならない。

 その一夜の宿は公民館だという。座布団に毛布を2枚、まだそれほど寒くないが、冬になればここもだめになろう。夫婦喧嘩の原因は夫に対する不満で、言葉の暴力が酒を飲むことにつながる。

 A子さんは怒る責任は夫にあるというが、それがグチとなり親しい人に話さねば気が治まらないという。そこで私は思う。わが師の説法では、グチは三毒の一つとして絶対やめねばならない因縁である。

 人間が持つ基本的な誤りは三毒といって、貧・瞋・癡の三つの心がある。すなわち「貧心」とはむさぼりや執着で、「瞋心」とは怒り、腹立ち、憎しみであり、「癡心」とは無知、諸々の道理に迷う、因縁因果の理法にうとい心を指す。

 そのうちグチはこの癡心であり、絶対に切らねばならない心の因縁である。それはすべての責任は相手にあり、自分が正しいという自負の心でもある。

 400年以上前から続くハワイの秘法「ホ・オポノポノ」が示すように、すべての責任は自分にあると観念し、相手を思いやる心が出なければ解決しない。

 人は数え切れないほど輪廻して今があり、その記憶はすべて自分の潜在意識の中に保管されている。その記憶が時として出て、自分を苦しめるのである。

 人は自分を正当化したい生き物である。それは因縁因果の理法を知らないことにもつながる。この苦しみと悲しみの世で暮らす我々は、どう生きればよいのか。

 それは人間の本質を探り、何が正しいのかを知る以外に道はない。

2019/10/23(水)


即位礼正殿の儀
 今日、天皇陛下が即位される古式豊かな儀式が行われた。外国からの賓客が2000人とか、日本が世界に誇る天皇即位の儀式である。

 この日本は超古代から天皇が国を治め、それは世界の王であった。他の天体から宇宙船で飛来した宇宙人が日本に降り立ち、世界政府が置かれ、天皇となり世界を統一したとある。

 そして日本から5色人が世界へ移住し、それぞれの国家を建設した。天皇はそれらの国々を管理監督するため、天空浮船と言う宇宙船で万国を訪問したという。

 日本から分かれて世界へ散った五つの人種の子孫から、モーゼ、イエス、マホメット、釈迦、孔子などの聖人が生まれ、彼らは日本で修行をしていた。

 常識からすれば荒唐無稽だが、最新の考古学的研究によって裏付けが徐所々に進んでいる超古代文明の真実が、余すところなく「竹内文書」に収められているという。

 竹内文書は日本が世界に誇る究極の根源聖典であり、宇宙文明の果てしない始まりが克明に書かれている。私は今、「超図解・竹内文書」高坂和導著(徳間書店)を読んでいる。

 この著書は二冊に分かれており、地球と人類の歴史を克明に記した世界最古の文書が、今に伝える天かける超古代文明の驚愕する記録である。

 地球3000億年の記憶とは驚きだが、現代の科学では地球の誕生は64億年前といわれるが、その差は私には分からない。しかし、その驚愕の証拠は世界に分布し、この文書がたわごととは到底思えないのも事実である。

 太古の時代、根源人種である日本人は、あらゆる文明の雛形を作り出し、高い精神性に支えられた偉大なる超科学文明を築きあげていた。

 その頂点に君臨したのが、宇宙からの来訪者=天皇だった。その詳しい年代は「年表」として表してあるが、過去数え切れないほどの転変地異により、大陸は浮き沈み分裂して人類は途絶え、また勃興して文明を蘇らせたとある。

 詳しくは本書に譲るとして、今日はめでたい天皇の「即位の儀」が行われた。この宇宙の叡智を持って世界を統治された天皇の子孫が日本であると思えば、世界の平和はこの日本から発しなければならない。

 根源聖典の竹内文書は、どなたも一度は読んでいただきたい一冊である。

2019/10/22(火)


町内公園の草刈
 わが町の公園が草ぼうぼうで、刈り取る日が来た。毎年春と夏、そしてこの秋に草を刈り清掃する。町内の戸数は320戸、1,2丁目に別れて40年近くになる。

 私の班は15軒で、順番に班長が回ってくる。高齢化した町内は78歳以上で班長を辞退できるが、来年の班長は私の順番なのだが引き受けようと思う。

 公園は芝が植えてなく、草が生えて憩う人も子供の遊びも見られない。私が家を新築したときは団地が開発されて2年目だった。そして見る間に家が建ち並び、空き地はなくなった。

 どこの家でも子供の声がして、私は児童クラブの会長をしたこともある。それが今、小学生の姿は10人程度。公園で遊ぶ子もいない。

 公園の清掃は朝の7時から始まった。まずは家の前にある側溝を掃除し、それが終われば公園に行き草刈をする。草は鎌で刈る人もいれば草刈機を使う。

 私は草刈機の操作は自信があり、毎回機械を使い長く伸びた草を刈る。そして1時間あまりで刈り終え、帰宅するのだが、ここで前の班長が苦情を言う。

 それは町民すべての共同作業なのに、出て来ない人がいるからだ。終われば出席簿に○印を記入し、ゴミ袋のパックを頂き帰る。

 わが班では6軒もの人が出てこないと元班長が苦言を言う。それは共同施設の管理は町内の責任で行うのだが、その責任のを放棄して集まらないのだ。

 この現状を憂えた以前の会長が、欠席した家は1000円の罰金を課すと宣言し、それを実行してみた。しかし、いろんな都合があるのか故意に出ないのかが判別が難しい。

 そして町内からいろんな意見が出て、結局罰金は中止になった。私が思うに、都合が悪くて出れない人もいようが、故意に出ない人もいるのである。

 それは町内の結束が緩んでいる証拠である。少子高齢化も影響しているが、団地ができた当時から見て、住人の結束が揺るんでいることは間違いない。

 これが高齢化すれば限界集落のような様となり、町内の行事など運営を外部委託しなければならない時が来よう。

 空き家も増え、一人暮らしや夫婦二人の家も増えてきた。町内の運営はどんな運命を迎えるであろうか。

2019/10/20(日)


空き家
 今日は夕方に富山市の中心市街地である総曲輪のマンションで、家の浄化法要をしてきた。このマンションは竣工したばかりで、20階立ての豪華マンションである。

 新築の家を仏陀の成仏法で清め、また住人が安心して住めるためにマンションと家を浄化するのである。このおばあさんは私の田舎に近い町の出身だった。

 聞くところによるとこのマンションは3LDKで4000万円だとか。一般庶民には手の出ない物件だが、そこはお医者の母なればこそ。母は一人暮らしで、88歳だという。

 こんな高齢で一人暮らしができるのは健康であればこそ。それにしても子供と同居する親の少ないこと。今は昔と違って子供が親を扶養することはなく、親は死ぬまで一人立ちしなければならない。

 私が生まれた時代は老いた親の面倒を見るのは当たり前で、必ず親と同居したものである。それは今のような年金制度がなく止むを得ない選択だった。今は時代は変わり、結婚すれば親と離れ、親は自分で生きてゆかねばならない。

 親が亡くなった後は空き家が待っている。今の空き家率は13%程度だが、これから加速度的に空き家が増えることであろう。私も26年空き家だった田舎の家を処分して5年が過ぎた。

 このおばあさんは、高級マンションでいつかは亡くなることであろう。その前に介護が必要になれば、施設へ入居し空き家となる。

 これが今の日本の現実であろう。

2019/10/19(土)


ボランティア
 今回の関東、東北地方の水害でボランティアが必要だというが、まだ十分な人材が集まっていないようだ。私のような老人では人の役に立たないかもしれないが、あのスーパーボランティアの老人が行方不明の子を見つけたように、何かの役に立ちたいものだ。

 それは義援金であろう。今、各所で義援金の募集をしている。私も過去には日赤や海外の国境なき医師団や国連WFP協会に寄付してきた。

 今ではその余裕もなく勘弁していただいているが、今日、娘が遊びに来てこの災害のテレビを見ながら、こんな話をする。

 それはエチオピアのある少年を援助するため、長い年月にわたり4500円を毎月寄付しているという。その結果は時々報告されるようで、それは手紙や写真などで近況を知るのだそうだ。

 娘がそんな善行をしていたなんて初めて聞いた。エチオピアはアフリカの最貧国で、援助なしでは十分な教育も受けられないのであろう。

 先日、エチオピアの大統領がノーベル平和賞を受けた。詳しくは知らないが、隣国との和睦によりこの賞をいただいたとの事である。

 この世はお互いの助け合いで生活が成り立つ。不幸にして戦乱や災害で路頭に迷う時、その援助がどれだけありがたく思われるか、私はおかげさまで生活に困ることなく平凡な日々を過ごしているが、わが師に師事して教団が設立した財団で、世界の貧困に悩む子供たちの教育に間接的に援助している。

 世界人類の貧困を救うためには、”われ良し”だけにはなってはいけない。だがその傾向が世界の一部の主要国に見られることは誠に残念なことである。

 貧富の差は必然である。それは自らの魂を清め高める手段の一部になるからだ。

2019/10/18(金)


世界一美しい湾
 今、富山市で「世界で最も美しい湾クラブ」の国際会議が行われている。富山湾はまれに見る美しい湾で、海越しに3000m級の山脈が見られるのは日本ではここだけである。

 世界的には富山のほかに2ケ所があり、その場所はトルコのアナドール山脈と南米チリのアンデス山脈があり、合計三ケ所である。

 今日は曇りで、国際会議のメンバーが高岡市の雨晴海岸を訪れたが、残念ながら山脈は見えなかった。立山連峰は海岸からほどなく山となり、海を越えて見渡すと絶景となるが残念だった。

 特にこの11月から始まる冷えた朝のケアラシの海では最高のシーンが撮れ、県外からの写真家も多く集まる。私は晴れた日中や朝日が登る前から撮影地に陣取り、朝日がケアラシの中で小さな島(女岩)を浮き上がらせるシ−ンを何度も撮影してきた。

 その写真は私のHPで「写真のコーナー」をクリックし「海」を押せば、晴れた日や日の出で輝く絶景が見られる。

 皆さんはこの写真が富山駅の改札を通った中段の壁に、縦2m、横5mほどの巨大な拡大写真になって飾ってあることをご存知だろうか。

 立山連峰の写真は何も海から眺めるだけではない。それは富山市の郊外に鎮座する呉羽山の展望台から、冬の美しい山並みを見ることもできる。

 富山は風景写真を撮るのには最高の県であり、私はその絶景を求めてくまなく歩きまわった。その写真はすべて私のHPに収められており、風景を楽しむことができる。

 あるとき、北海道から女性のメールで、美しい富山の風景を見て感激しましたとの便りをいただいた。今はスマホやケータイで簡単に撮影できる時代だ。

 この美しい富山に生まれて、写真冥利に尽きる幸せを感謝しているのである。

2019/10/17(木)


豪雨被害
 台風19号がもたらした豪雨が、関東や東北地方に甚大な被害をもたらした。その様をテレビで見ながら災害大国の日本を憂えるのである。

 北陸地方は豪雨とはならず、20mほどの風が吹いただけだったが、真夜中にダムの放水の放送が3回も聞こえ、河川敷の畑も冠水かと案じた。

 だが、冠水はしなかった。おかげで上流の雨量が少なかったためであろうが、48時間に1000mmの雨が降れば、堤防の決壊は必然であろう。100年に一度との豪雨は地球温暖化のせいであろうか。

 それにしても冠水が1mどころか、3m、4mにもなることは想像できない。せめて床下だけの冠水であれば、処置は簡単だし怪我や死亡などの災害にはならない。

 今世界では災害のオンパレードだ。アメリカやヨーロッパでは山火事が頻発し、その規模も半端ではない。またブラジルのアマゾンではジャングルを焼き払い牧草地にしたり、火事になり膨大な木々を焼き尽くすほどの規模になっているという。

 私が住む富山市は、市内を流れる神通川が氾濫を繰り返し困っていたので、川の曲がりを修正し直線にしたため水害は解消した。それは大正時代から昭和の初期のことであった。

 そして川を埋めるための土砂は、富山港から市内まで運河を作り、その膨大な土砂を賄った。その運河が富岩運河であり、今は約5kmの水路として観光船が走り、年間230万人もの観光客が訪れる名所となった。

 運河は幅約50mから100mで、途中に落差を調整するパナマ式運河が設置された。落差は2.5mで、日本に一つしかない閘門で落差を調整して船を通す。

 この閘門は私の家から近く、家内の散歩道となっている。当時は今のような重機がなく、蒸気機関でバケットを動かし、土をすくってベルトコンベアーで運んだ。

 しかし、油断は禁物である。100年に一度の大洪水が起きれば、小さな川が合流する地点では逆流により、堤防が決壊するかもしれない。

 この地球はこれから大変な時代を迎えることであろう。それは温暖化で海水温度が上がり、大量の水蒸気が発生すれば巨大化した台風に運ばれ、どの地点でも今回のような悲惨な災害を経験することになろう。

 これは人類自らが犯した災害であろう。地球温暖化が叫ばれて久しいが、その原因をなくすのは至難の技である。

2019/10/16(水)


霊写真
 昨日は越中五箇山の小原地区で、加賀藩の遊女「おさよ」の供養をしてきたことは書いた。その供養の発端になったのがおさよの霊写真だった。

 私のHPで写真のコーナーに飛んで、滝2を見ていただこう。最初におさよの霊写真が出てくる。おさよは両袖で顔を覆って悲しみ、その周りにはおさよの水子や流刑され悲惨な人生を送った流刑者の霊であろうか、零体がいくつも見える。

 そして牢番の吉間は、少し輪郭がはっきりしないが、おさよの右上に男の両肩が見える。残念なのは顔が木の葉に隠れて見えないことだが、この幅広い肩で判断できよう。

 霊写真とは別に珍しいものではない。私は30年前、わが教団の一大行事である「あごんの星まつり」で巨大な護摩壇で燃え盛る浄火を写したとき、見事に慈母観音が現形された。

 その写真はHPに載せていないが、誰が見ても観音像だと分かるであろう。このように人の本体は霊であるから、時と場合により現物の姿を現されるのである。私は許可を得てお護摩の浄火を撮影し、何度も霊写真を写したことがある。

 人は死んで身体が灰になっても、霊体は永遠に存在する。そして限りない輪廻を繰り返し、魂の進化を目指すのである。

 それはこれらの霊写真が証明してくれる。

2019/10/15(火)


遊女おさよの供養A
 今日は先日の日曜日に書いた「遊女おさよの供養」を、おさよが流刑されていた小原部落の現地で挙行してきた。おさよは加賀藩の遊女で、悪党の手先になって悪事を働いていたとのことで五箇山へ流刑になった。

 牢屋は平小屋といって2,3間の小さな小屋だった。牢番はいたが出入りが自由で、村人と交わり歌や芸を教え、それがおさよ節などの民謡として受け継がれている。

 おさよはまれに見るべッピンさんで、事もあろうに牢番の吉間と恋仲となり身ごもる。加賀藩は色事に厳しく、恋愛を固く禁じていたので、前途を悲観したおさよは自ら庄川に身投げして一生を終えた。

 そのおさよと吉間が、近くで滝を写した私の写真に出たため、二人の供養を行う。それは今から20年前のことである。そして今、幕末維新から太平洋戦争、あるいは大事故や大災害などで犠牲になった多くの人々の魂を救うため、全国で「照耀行脚」と称して浮かばれなかった人々の魂を救う法要を行っている。

 おさよの供養については、娘が地元の有力者と奇異な縁での理解を経て、雨の中無事に供養してあげることができた。浄土真宗の強い土地柄にもかわらず、私の信仰する阿含宗によって仏陀の成仏法による法要を受け入れていただいたものである。

 これでおさよや吉間の霊や、330年前の元禄時代から続いた約200名の流人の供養を行い、土地を清め、霊的不浄を排除することができた。

 村人も10名の方がお参りされ、手を合わせて祈られた。異宗派の浄土真宗の村人も、今は気にせず我々と同じ気持ちで供養をされたものである。

 娘の話では、現代は宗派にこだわる時代ではなくなりつつあり、みんなの意識が本題に集約するのだという。すなわち、目的が同じであれば宗派を問わないということである。

 法要が終わり、修行に従事した約20名の昼食を、村のリーダーの家で頂いた。すべては娘と友達が作ってくれたものである。

 法要は大成功であった。私は最後の挨拶で、この法要により非業の死を遂げた流刑者の無念を晴らすことにより、地域の発展と繁栄をもたらす基となると話した。

 今五箇山は人口が激減し、限界集落が増えつつある。2箇所の合掌集落が世界遺産に指定されているが、観光客はここのみ。そのほかの過疎集落を如何に繁栄させるか、それは新たな人を呼び込むことであろう。

 全国的に人口減が進む今、それは難題であろうが、わが故郷の先を案じ、少しでも村の活性化を願って止まない。

2019/10/14(月)


台風19号に思う
 今、台風19号の爆風雨が襲っている。風が強く、家の前を送電線が通っているので、風を切る音が騒がしい。雨は少ないが、風の強弱が強く、これから夜にかけてピークを迎えそうだ。

 台風で思い出すのが私がまだ少年時代だった頃である。戦後の台風は英語名がついていたが名は忘れた。田舎の合掌集落では、一軒の家が強風で見事につぶれ、横倒しになった。

 柔構造の合掌造りではめったに倒壊しないが、まれに見る強風で初めて倒壊した合掌造りを見た。私の家も合掌造りで、家が大きく揺れて今にも倒れそうな中で息を潜めていた。

 この合掌造りの家は釘を一本も使わず、大屋根は松の丸太を合掌のように組み合わせ、ネソというマンサクの木でねじって縛る。それは屋根だけでなく、一階の部屋も30cmの大黒柱にヒラモンという欅の横梁を組んで強度を増す。

 この合掌造りは豪雪地帯の必要性から生まれた家だが、昔は外材がないためすべては自家製の木材で建てたものである。そしてその屋根は自分の山に生えた茅(カヤ)で葺き、冬の寒さに耐え、2階は蚕の飼育場だった。

 カヤは500mも登った山の斜面にあったり、谷を登る登山者のように急な谷沿いで刈りとったものである。刈り取ったカヤは乾燥させて束にする。そして谷がなければ傾斜地をムカデのように束を組み、引いて山を降りる。

 また谷があると、引いては降りられないので、鉄線を張り谷をまたぐ。そして自家製の滑車に数束を吊るし、数百m下の荷車に載せる。この作業は全部家族の仕事だった。

 屋根は晩秋か春になると、このカヤを新しく取り替えるのであるが、カヤの寿命は20年もあった。なぜかと言うと、厚さを1mほどにして葺くからである。

 カヤは年月が過ぎると先端から腐り朽ちてしまう。しかし厚さが1mもあると長い年月をかけて朽ちるので、厚さが半分になるまで取替えの年月が長くなる。

 だが大きな屋根だ。一度に刈るカヤは屋根の一部しか葺く量にならない。毎年刈り溜めたカヤを秋になるとまとめて片面の1/4ほどを葺き替える。

 屋根の葺き替えは村人総出の仕事だった。すべてはボランティアで、毎年どこかの家が葺き替えたのである。時代は変わり、今は合掌造りの家は世界遺産になった相倉集落と菅沼集落のほかに、岩瀬家など数軒だけになった。そして葺き替えは森林組合の仕事となる。

 私は中学三年生まで合掌造りの家に住んでいたが、父が2階建ての大きな家に作り替え、その家も父母が亡くなり20年空き家となって、解体処分して5年が過ぎた。

 今は若かりし少年時代の懐かしい日々を思い出すのみである。

2019/10/12(土)


ノーベル科学賞
 今、ノーベル化学賞の発表があり、旭化成の吉野彰氏が受賞された。誠におめでたいことである。これで日本の受賞者は27名、科学賞は8人目となった。

 氏の業績はリチュームイオン電池の開発で、スマホやパソコンに使われる電池を、小型で大容量、長寿命の特徴を持つ製品に仕上げられた功績による。

 ノーベル賞はまだまだ続くが、次は文学賞や平和賞である。文学賞は村上春樹氏も有力視されている。

 ノーベルはダイナマイトの発明で巨万の富を築き、遺言でこの富を人類の発展に貢献した人に与えるよう指示したという。その裏にはダイナマイトの発明は人類の発展に貢献する反面、逆に人類を破滅に導く破壊を招くことを憂慮したためであろうか。

 万物はプラスマイナスで構成されることが多い。どんなに良いものでも否なるものが同居し、その使い方で善にも悪にもなるのである。

 それは宗教もしかり。世界の三大宗教は教組が意図した人類を救うという概念を離れ、異教徒間や宗派間、国家間など争いの口実とされてきた。それは戦争の道具となり、人を幸せに導くどころか殺し合い、いがみ合いなど魂の進化と間逆の呈を表している。

 その最たるものが日本のテロ宗教「オーム真理教」であろう。いまやキリスト教やイスラム教、仏教も創始者の意図を忘れ、自分の思うような道具にしている国がある。

 私が信仰するのは仏教のいち宗派だが、その本尊は釈迦のご聖骨である真正仏舎利で、依経は阿含経である。釈迦のご聖骨は1897年にイギリス人のペッペと言う人がインドのルンビニーの遺跡から発掘したものであり、そのご聖骨をスリランカのジャヤワルデネ大統領から、わが管長に拝受されたものである。

 また依経とするお経は、釈迦が説いた説法を書きとめたアーガマ、すなわち阿含経であり、その釈迦の成仏法を密教の様式をとり護摩を焚いて神仏に祈る。

 さて私は何を言いたいか。それは人類の進化は魂の進化であり、人類の進化に貢献したいと願われる科学者も、万人に勝る魂を持たれる一人である。

 ノーベル賞を受賞された吉野彰様におめでとうと言いたい。氏の功績は永代に渡って光り輝くことであろう。

2019/10/09(水)


若者の自殺願望
 若者に自殺願望者が多いことは昔も今も変わりない。今はSNSで投稿するからすぐに広がり、いろんな事件になる。以前に自殺願望の若者が9人も殺された事件があった。

 悩む若者に救いの手をかそうと対応するサイトがあるが、一日200人ではその1割も対応できないという。自殺は天の采配として禁止されている。

 それはこの世で喜怒哀楽を味わい、魂の進化を目指す手段をないがしろにし、自らその使命を放棄する行為だからである。

 自らの死がどんな世界へ行くか、それは霊的な関心がなければ分からないであろう。人は霊的な生き物であり、輪廻を繰り返して最後は神仏のような境涯に達して創造主の身元へ還る。

 これが生まれた理由である。自らを殺した結果がどんな世界へ行くか、その例を地球先史文明研究家の浅川嘉富氏の著書「2012年アセンション最後の真実」(学研)で見てみよう。

 氏は自殺未遂者の臨死体験として次のように述べておられる。「生前に悪事を働いたり自殺しようとして死に瀕した人の臨死体験は地獄である。

 食べ物や水を求めて苦しんだり、鬼ような存在に追われたり、互いに喧嘩や殺し合いしたり、性的な暴力が行われている世界です」と。

 これは幽界の最下層の世界である。輪廻どころか地獄の世界で、死ぬ前の生活と比べようのない苦の世界で苦しみ、半永久にその苦しみから脱却できないで苦しむのである。

 それは霊視能力があれば、その光景を視ることができよう。わが師はその能力を持たれて自殺の愚を諭された。自殺者を救うのは解脱供養といって死者を仏陀の成仏法で供養し、もう自分は死んでしまった存在であり、次なる輪廻への道へ向かうよう霊的に諭す法がある。

 私は親戚縁者にも数人の該当者がいて、すべて解脱供養をしていただき、幽界の地獄の世界から、輪廻のできる霊界へ導いていただいた。

 自殺は絶対してはいけない。人は輪廻しながら魂を清め高める使命を持ってこの世に生をうけるからである。その道理が分かれば死後も安心して霊界へ行くことができよう。

 仏道修行は、その魂を清め高めてすべてのカルマを切り、二度とこの苦しみと悲しみの世に輪廻しない次元の上昇を目指すことを目的とする。

2019/10/08(火)


台風19号
 台風19号が日本の本土に近づいている。まだマリアナ諸島付近であるが、気圧が915ヘクトパスカルと超大型台風であり、まだまだ発達するという。

 今年は台風15号により千葉県が強風で屋根瓦が飛び、悲惨な被害を受けた。まだ多くの屋根がブルーシートで埋まり、復旧の足音は遠い。ゴルフ練習場の高い鉄骨が崩れ、今も被害を受けた家は復旧の工事が進んでいないという。

 そこで今年全般の運勢を占ってみよう。私はわが師より教わった「密教占星術」で今年の特徴を見てみた。今年は八白土星の年で、その象意は「古いものが終焉して、新しいものが発足する」年である。

 また「変化・変革・改革」など、思いもよらない「変化・変動」が起きやすい年である。また八白土星には「積み重ねる」という象意もあり、溜まったエネルギーが突然放出され、地震や噴火、風水害にも注意が必要になるという。

 過去の出来事を見てみると、1902年の伊豆鳥島や1911年の浅間山、1029年の駒ケ岳、1947年の浅間山、1983年の宮宅、日本海中部などの地震があり、風雨水害では1938年の阪神大水害がある。

 また事件では1929年の世界大恐慌、1956年の水俣病発見、1965年のベトナム戦争勃発、1974年のウォーターゲート事件、2001年のアメリカ同時多発テロなどが起きている。

 台風19号は最大900ヘクトパスカルにまで発達するというが、本土を直撃するときは少し上がっても、その被害は莫大なものになろう。北陸地方は12日から13日がピークとなる予想だが、被害のないことを祈るのみである。

 地球温暖化で海水温度が高くなり、今後益々巨大な台風や大雨が降ることであろう。これは人類が犯したカルマであり、その代償を受ける宿命であろうか。

2019/10/07(月)


遊女おさよの供養
 越中五箇山は昔、加賀藩の流刑の地で、奇異な縁から遊女おさよの供養を現地ですることになったことは先日書いた。その日は三連休の14日で、供養がスムースに進むように今日は地元の有力者に会い打ち合わせする。

 遊女おさよは今から330年前の元禄3年、五箇山の小原集落にあった軽犯罪者が入る平小屋にいて、出入りが自由だったため村人に芸や歌を教え、それが現在民謡として歌い継がれている。

 その遊女おさよはまれに見るべっピンさんで、牢番だった吉間と恋愛関係になる。しかし犯罪者が村人と関係することは固く禁じられていたため、吉間の子を身ごもったため前途を悲観して庄川に身投げして一生を終えた。

 今日はわがリーダーと二人で現地を下見し、村の有力者と細部にわたり打ち合わせをしてきた。現地に着くと隣の集落が浄土真宗のお祭りで、和服の女性や礼服を着た男性が多数寺の前に集まっていた。

 私が居たころから何も変わらず浄土真宗が盛んな地域で、そこでわが師の阿含宗が法要を行うことに不安が一杯だった。しかし、有力者は快く承諾してくださり、おさよの塚がある近くで吉間や流された約200名の供養を行うことが決定した。

 おさよの塚は、ある人がおさよを悼み供養した結果、大もうけしたため自費で建てられたと聞いた。それだけおさよの霊力は強いのであろう。

 私は金銭のために行うのではないのでご利益は全く眼中にない。ただ非業の運命を辿ったおさよや吉間、そして受刑者の無念を晴らしあげたいだけである。

 法要の準備や修法に関わる人はすべて会員で、10人程度で行われる。お供えものや仏花、供養の護摩木などは会員から集めた浄財で賄われ、お護摩を焚いて仏陀の成仏法により御霊の成仏を祈るのである。

 この流刑者を悼み、供養をすることは長い間私の念願であった。その願いが叶い、おさよだけでなく、どれだけ非業の死を遂げた受刑者が喜ばれることか。

 私の願いはただ一つ。それは死してなお苦しむ流刑者の霊を癒し、次なる輪廻への道へ導く成仏を願うのみである。

2019/10/06(日)


頭が冴える
 昨日はNHKの「所さん、大変ですよ!」の番組を見て思う。それは70代、80代、90代の長寿の秘訣である。各年代に共通するのは、何がしかの趣味を持つことである。

 その趣味は楽器の演奏であり、合唱であり、徒歩や体操などサークルを組んで仲間と交流することである。私の趣味は昔はトランペットを吹くことだったが、定年になる少し前から風景写真に没頭した。

 それは写真は一人で遊べ、クラブに入れば仲間と語り、記録に残るからであった。しかし、もうすぐ80歳になるが、健康で生活できるのはスピリチュアルな本を読み、瞑想を欠かさず、わが師に師事して仏道修行をしているからであろうか。

 それにもう一つ重要な要素がある。それは畑を耕す体力の増強と頭の訓練を行う家庭菜園である。家庭菜園でなぜ頭の訓練ができるのか。それは頭を使わなければ作物は思うように育ってくれないからである。

 私は毎日食べる野菜を畑で作っているが、スパーで売っているものとそんなに目劣りしない。もう河川敷の畑を借りたのは8年前になるが、初めは何も知らず失敗の連続であった。
 
 小さな畑では毎年同じ場所に同じ作物を作ることになるが、連作は野菜にとって不作となる場合が多い。それは毎年、特定の肥料成分だけを吸収し、土の中の栄養成分や微生物群のバランスを崩し、生育が悪くなったり、病気にかかりやすくなるのである。(人間の偏食と同じ)

 そのほか、野菜の育て方に肥料の種類と与え方、種撒きと苗の根付けなど多種にわたる。要するに頭を使わねば良質の野菜はできないのである。

 さて今、畑ではイチゴの移植が待っている。毎年、店で売っているような大粒のイチゴを腹いっぱいたべて、孫にもやろう。それにピーナッツも収穫時期を迎える。

 畑の作物は子供と同じで、優しく時には厳しく、愛情一杯かけながらその成長を見届けよう。それが頭を使う格好の材料となるのである。

 

2019/10/04(金)


鳥になる
 茨木市の朝妻様から俳誌が届き、私の風景写真を更新する「今月のテーマ」に立山の一句を載せた。朝妻様とは奇異な縁で結ばれた俳句と写真の世界である。

 私は風景写真が好きで、よく海や山河、滝や里などの風景を撮影してきた。そのHPをご覧になった主宰される朝妻様は、私が自作の短歌を添付していたのを気づかれ、会員の俳句を採用してほしいと願われたものである。

 俳誌は全国的な規模で、会員も百人をはるかに超える。その俳誌の名は「雲の峰」である。そして私は毎月更新する今月のテーマで、会員の作品から写真に合う俳句を載せて紹介しているのである。

 今月は「錦秋」と題して写真に合う俳句を選別する。するとその中にぴったりの句があった。それは大和郡山にお住まいの磯野洋子様の作品である。

 ”雲海や 今立山の 鳥となる” である。

 立山の雲海は素晴らしく、今自分は鳥となって高所からその風景を眺めているとの意味であろうか。立山の室堂は2500mの高さで、ケーブルと高原バスでふもとから1時間足らずで着くことができる。

 私は家から2時間程度で室堂へ行けるので、春から秋にかけて何度も撮影に行ってきた。日が昇り時間が過ぎると下から雲が湧き出る。そして山並みを白一色に包み、視界が分からなくなる。

 しかし、その途中の雲海がすばらしいのである。恐らく磯野様も鳥となって、この雲海を自由な角度から眺めていると感じられたものであろうか。

 明日は今月のテーマを更新しよう。さてどんな写真と俳句が載っているか。私のHPはこのよもやま話のタイトルをクリックすれば直行できる。お楽しみに。

2019/10/03(木)


呆れた金の亡者
 関西電力の役員らが、高浜町の元助役(故人)から多額の金品を受けとっていたとのニュースに、残念無念の思いが沸く。それは私も電力会社で働いてきたからである。

 関西電力ではないが同業の友として、高価な金品の授受は決して許されるものではない。私は役員どころか下っ端のいち管理職だったから、役所や業者とは金銭に関して何の関係もなかった。

 長く火力発電所の建設に携わり、2箇所の新規地点で出力50万KWの石炭火力発電所の機械部門と安全関係を担当してきた。業者はメーカーを始め、土木や建築、機械など数十社になったが、数社から2千円程度の中元や歳暮をいただいたことはあるが、すべて儀礼的なものであった。

 高浜町の元助役は強力な権力を駆使して、自分のやりたい放題で業者や電力と関係を持って私服を肥やしていたものである。

 それにしても電力の役員らに、3億2千万円もの金品を贈ったとの話は聞いたことがない。そのうち2人は1億円を超えたという。助役は業者の役員も勤め、金品を自由に操れたものであろうか。

 昨日は中国の建国70周年での軍事パレードについて書いた。そして今度は日本の中枢企業で、金品騒動が起こるとは思ってもみなかった。

 この世は金銭で成り立つ。その金品がすべての悪と善を作るのである。役員ともなれば高額の報酬をいただく。それなのにこの様だ。

 次に待っているのは、会社の信用回復と放置した責任問題であろう。関電には思わぬ人災が待っている。

2019/10/02(水)


中国建国70周年
 新中国が建国して70年目を迎えた。今日は天安門広場周辺で大規模な軍事パレードが行われ、GDP世界第二位の成果を見せ付けた。

 私が注目したのはその軍事パレードである。最新兵器のオンパレードで、今やICBMは10個の核爆弾を積んで、アメリカの各都市に自由に投下できるという。これは防御の方法がない兵器であると。

 最新兵器はまだまだあり、音速の5倍で飛行できるミサイルや、先日投下され大きな被害を出したサウジアラビアの石油施設に使用されたようなドローンが目に入った。

 このように戦争に勝つ兵器の開発は更に進歩している。それは何を物語るか。ひとたび戦火を交えれば、国家のみならず地球が壊滅するほどの規模になるであろう。

 この様を見て私は思う。人類はどれだけ愚かなのだろうかと! その原因は人に勝る科学や技術のみを発展させ、自分さえ良ければよいという「われ良し」の物質主義の世を作るためであろう。

 そのカルマを解くのが霊性の獲得である。何度も書くように霊性とは「物質的な欲望や本能を制御し、時には否定さえして、より崇高なるものに憧れる精神領域」である。

 これなくして人類の発展はありえない。私はわが師に師事し、この霊性を獲得する術を学んできた。それは人の本体が霊魂であり、その身体は霊魂を収納する入れ物にすぎないからである。

 霊魂は永遠不滅であり、その霊魂を清め高めるためにこの世に生を受け、四苦八苦や喜怒哀楽を経て一生を終える。そしてまた自分の学び足りない部分を計画して、地球かどこかの星に生を受けるのである。

 そして最終的には進化した魂により輪廻が終わり、創造主の身元へ還るとするが、これが「輪廻転生」の理論である。この地球は過去何度も文明が発展し崩壊してきた。今は5度目の文明だとの話もあるが、そろそろ最終段階を迎えており、最後は崩壊して新しい次元の地球が誕生するのであると。

 それをアセンション(次元の上昇)という。その時期は近づいており、最終的には地軸の移動などの転変地異により、この星も一度は無になり新たな地球に生まれ変わって、進化した魂を持つ人類が住むことになるという。

 人類はこの地球を崩壊させるほどの核兵器を開発してしまった。人類が開発したものは必ず使うことは周知の事実である。それは広島と長崎に投下された原爆が証明しており、次に核が使われるとき、地球の崩壊が始まるであろう。

 かの異星人が選ばれた人々を使い、核戦争で壊滅した宇宙の星を見せられた事実がある。それは岩手県の地方公務員だった上平剛史氏もその一人であった。だがこの話はどれだけの人が信じられるであろうか。

 その地球最後の日が近づきつつあることを知る人ど知る。

2019/10/01(火)

My Diary Version 1.21
Written by 中村邦夫 CGI提供じゃわ