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消費税10%
 明日から消費税が10%となる。今日は高岡市から帰る道が混み、普通の時間より20分程度遅れて家へ着いた。どの店も買い物客で満員だったことだろう。

 今や少子高齢化で老人の経費はウナギ登りだ。昨年の医療費が42兆円を超えたという。65歳以上の老人医療費は平均年30万円だとか。1割負担でも年間3万円にもなる。

 私の医療費は不安神経症の薬をもらうのみで5千円程度だが、いつどんな病気で高額の医療費が必要になるか分からない。

 何度も記すが私は日ごろの食事に気を使い、バランスの良い野菜や魚をメインに、栄養を考えた食事を家内が作ってくれるし、自らは瞑想による心身のバランスで健康を保てるのであろうか。

 消費税は8%から10%へと2%の上昇だが、5%還元を含め、消費の冷え込みに対処を欠かさない。高額な買い物をすればその増加額は身にしみて分かるであろう。国の予算をみれば、如何に老人の経費が多いか分かる。

 年金に医療、介護などその総額は42兆円を超えた。国の予算も100兆円を越え、国債で穴埋めしなければならない。すでに国と地方の負債は1000兆円を越えている。

 ヨーロッパでは付加価値税が20%を超えると言う。だから老人の経費はタダの国もあり、老人には住みやすいことであろう。この日本も先が心配である。

 高齢化が進む現在、その予算をどう調達するか。消費税はこれからも上げざるを得ないであろう。そのとき年金を減らされ、わずかな年金でだけで暮らさねばならない老人の姿を見ることになろう。

 老後の暮らしには貯蓄が2000万円必要だと叫ぶが、それだけの蓄えがある人は何%いるだろうか?

2019/09/30(月)


誕生会
 昨夜は長女と長男の誕生会を、市内のすし屋で行った。長女が27日、長男が29日の誕生で、40,50代の人生盛りの齢になった。

 すし屋はよく二人が出かける店で、富山湾で獲れる鮮魚がメインである。富山湾は天然のいけすと呼ばれ、多種多用な魚が朝捕れで新鮮が売りである。

 今はすし屋も自動化し、椅子に座り画面を見ながら欲しい品を注文する。するとベルトコンベアーで寿司が流れ、手元で停まる。その皿を取ればすぐに口に入るのである。

 特別なものは運んでもらうが、画面は合計金額も出すことができ、便利この上ない。特別メニューとして一皿1600円のものを5人で注文し、美味を味わった。

 5人もいれば合計が万単位にもなるが、年に一度の誕生会だ。おいしいビールも飲んで、機嫌よく帰って来た。しかし自分の誕生日はだれも祝ってくれない。

 私はあと5ケ月ほどで80歳になるが、子供たちの成長が楽しみなのだ。嫁いだ娘には5人の子がおり、今から婚活が始まる。長女はすでに結婚しているが、あとの娘は彼氏がいるのであろうか。

 ちまたでは地球温暖化で、海の魚が激減すると報じている。現に北海道では秋刀魚が取れなくなり不魚が続いているが、富山湾の新鮮な魚もその影響を受けるかもしれない。

 若かりし日は、田舎の谷川でよく岩魚を釣ったが、今は釣れるであろうか。スーパーマーケットでは魚が高い。これも温暖化で取れなくなったためであろうか。

 人類の欲望が限界に達するころ、この地球での生活もまた限界を向かえるであろう。それまでのタイムリミットはいかほどであろうか。

2019/09/28(土)


au・・・に替えませんか?
 auひかりサポートセンターなる会社から電話があり、提携先の△△会社との光回線に切り替えると、月に1000円以上は安くなるとしつこく催促する。

 会社名をネットで検索すると、間違いなく会社はあるようだ。どうもインターネット専門の会社で、auひかりと組んで発売しているようだ

 私の回線はケータイも含めオールKDDIだが、この会社へ変更するとインターネットのモデムが1個で済むという。その利点を説明するが私にはよく分からない。そこで近くのauショップへ出かけて訊いてみた。

 auショップはauサポートセンターなる会社と関係なく、独立した会社で分からないという。しかたなくauのお客様センターへ直接電話してみた。

 電話の回線は解約するときが問題で、決められた期日でないと解約金が取られる。そこで決心する。この話は止めにしようと。

 auサポートセンターなる会社のサイトを検索するときに、こんな場合はすぐに電話を切るようにというサイトが出てきた。うっかりその手に乗り、契約すると料金が安くなるはずが、そうではなかった場合があるという。

 今、携帯やスマホに光回線などの契約で、2年縛りの料金が高すぎるとの批判が政府から出て、各社は新しい料金制度を構築しようとしている。

 私はスマホを持たないが、何台も家族が持つとその料金もバカにならない。インターネットは便利で、世界の情報が瞬時に見れるが、その料金も高いのが難点だ。

 世の中は油断もスキもない。どこでどんなワナが仕掛けられるか、私も根が誠実で、すぐ人の誘いに賛同してしまう性格だ。

 かって、家の排水管の掃除を勧められ承諾すると、縁の下に潜り家の土台にヒビが入り、シロアリもいると驚かせられ、すぐに予防処置が必要だと契約書を書かされた。

 私はその契約書にサインをし判を押すが、息子が飛んできてそれは詐欺だという。数日待っていただき、ひいきのリフォーム屋に見てもらうと異常なしだった。

 息子に助けられ30数万円を無駄にしなかった記憶が蘇る。今回も息子から注意を受けた。この世は詐欺だらけ。その詐欺に騙され泣いている人も多いであろう。

 これがこの世で学ぶ苦しみと悲しみの体験であろうか。

2019/09/26(木)


我が家のサプリメント
 私はまだサプリメントと言う言葉がない時代から、補助栄養食のサプリメントを摂ってきた。そして今、高価なサプリメントをやめ、自家製のものを作って家族で飲んでいる。

 それは150ccほどのカップにブルーベリーの液を20cc、そして栄養たっぷりな黄な粉を大サジに一杯、その中に豆乳を入れて混ぜ満杯にする。最後に次男が経営するホノカ社のウモプラス(水溶性珪素)を10ccほど垂らして完成する。

 味は誠にうまい。朝の食事が終わると、この飲み物が楽しみなのだ。豆乳は脂肪分が多く、黄な粉も栄養分が多いし、ブルーベリーも目に良い。

 最後はウモプラスだ。この品は商品名で、中身は珪素である。珪素は脳の松果体を活性化し、高いレベルの宇宙の叡智を与えてくれるという。詳しくはホノカ社のサイトを読んでいただければよいが、宇宙の進化した人類の脳は、この珪素でできているのだそうだ。

 それに私はホノカ社から購入した入浴剤である「天使の塩湯」を使っている。この入浴剤にも珪素が含まれ、浴槽に入れると白く濁り、お湯に浸ると体がスべスべになる。
 
 そしてホカホカと暖かく、残り湯は朝の洗濯に使用する。家内に言わせれば、洗濯物の汚れが落ちやすく、洗ったあとの感触が良いという。

 世はサプリメントの時代だ。それは食事で必要な栄養素が摂れないからである。だから足りない栄養素を補完するために摂るのだが、珪素を摂る人はいないであろう。

 珪素は人間に不可欠な元素である。かのドクタードルフィンこと、松久正氏も「高次元シリウスが伝えたい・水晶(珪素)化する地球人の秘密」(ヒカルランド刊)で述べておられる。

 珪素を多く含むウモプラスこそ、脳を活性化するサプリメントでの代表格であろう。

2019/09/25(水)


健忘症か認知症か
 家内の行動に変化が生じた。それは物忘れが激しいのである。今日も電気炊飯器のタイマー設定ができず助けを呼ぶ。朝は洗濯機が回らないとまた私を呼ぶ。

 日ごろ何気ない操作も、頭がおかしくなれば正常に操作できなくなるのである。私が恐れるのは認知症である。私より3歳下の家内は76歳、認知症になってもおかしくない齢だが、家内がボケたら私の負担は大変なものになる。

 家事一切を任せてきた私に、料理はできない。ボケが本物なら、私の人生は悲惨なものになろう。しかし、本人も記憶力が悪くなったことはよく理解しているので、私は家内は健忘症ではないかと思う。

 それはストレスから来るもので、今、家内に大きくのしかかるのは姉夫婦のトラブルである。夫婦仲が悪く、すぐにケータイがかかってきて、家内にグチをこぼす。

 溜まらず家内も悲鳴をあげるが、妙案はない。どちらかが折れて仲を良くする意外に解決できないであろう。このストレスが自分を苦しめるのである。

 この世はストレスで成り立つ。どんな人でも生きている以上、ストレスを感じない人はいないであろう。そのストレスをとる妙案を紹介しよう。

 ストレスは体調に影響し、病気に直結する。だから心を鍛えなければならない。その方法は瞑想である。私は僧侶が認知症になったという話を聞いたことはない。

 仏道修行は仏との邂逅である。すなわち心を仏に預け、自分は無我になることである。言葉で言えば簡単だが、この無心の心を得るのが一番難しいのである。

 仏道修行には瞑想が当たり前である。瞑想といっても難しく考える必要はない。初歩的は瞑想は心を正常に正すために、複式呼吸で長い呼吸をして数字を数える「数息観」という方法がある。雑念が浮かんでもそれに気を使う必要はない。

 それに慣れたらより高度な瞑想に入る。すべての雑念を捨て心を一点に集中するか、何も浮かばない無心になることである。その手ほどきを書いた本を紹介しよう。

 それはわが師の著書「輪廻転生瞑想法」と「般若心経瞑想法」である。この「輪廻転生瞑想法」はT巻からV巻まであり、輪廻転生する際、最高の人生を得る方法を本にまとめられた。

 家内はこのストレスをとれば、記憶力は戻ってこよう。取れなければ本物の認知症になるかもしれない。仏教に関心のない家内はわが師との縁もつながらない。

 この世に偶然はありえない。すべては必然である。家内は私の日常を毎日見ているが、スピリチュアルな面にも関心はない。

 すべては自分が前世で決めてきたこと。それは運命であろう。

2019/09/24(火)


墓じまい
 今、チューリップテレビを見ていたら、墓じまいについて放映していた。最近は子孫が途絶えるために、自分や親戚縁者によってお墓を始末するケースが増えてきた。
 
 それは葬送文化の消滅である。少子高齢化によって自分が最後の子孫となるとき、お墓をどう始末するかは切実な問題だ。だから死ぬ前にお墓を始末し、遺骨を有料の納骨堂へ納めるか、さらには散骨するケースが多いという。

 墓地には放置されたお墓が並び、草ぼうぼうの様を見て時代の変遷を強く感ずるのである。さて、お墓の管理で私の例を話そう。

 私はわが師にご縁を頂き、自分の菩提所を心休まる地にしたいと願い、わが師が創設された大阪の柏原聖地霊園に「冥徳福寿墓陵」を建立した。

 この地は昔、天尊民族の神々が神集いをされた聖地で、この地で大柴燈護摩供を施して神仏両界の聖地となった。その墓地には約3万基のお墓を収納することができる。

 この霊園には専属の僧侶が常駐し、日々の供養を始め、お彼岸やお盆も篤く供養していただける。そして私はお墓を永代供養墓として、管理料を前払いしてあるから、子孫が絶えても安心してお墓へ入ることができる。

 実は私の先祖のお墓は、生まれた越中五箇山にあるが、集落の墓地で管理料もいらないし、永代に渡って撤去されることもない。ただし、供養は集落の僧侶に頼まなければならない。

 問題はお墓は霊となった先祖が休む場所であるが、墓地はいろんな不成仏霊がたむろし、決して安穏に休める場所ではない。それに対して大阪の柏原聖地霊園は、仏陀の成仏法で聖地とされた地であり、どんな不成仏霊でも安心して休むことができるのである。

 遺骨の始末として不適なのは散骨であろう。霊が休まる地を不特定な場所として、拡散してしまう。これでは霊はどこで休めばよいか戸惑い安定した住処が得られないのである。

 祖先を弔い、死後の安寧を願う。この葬送文化は墓じまいによって途絶えてしまった。子孫が途絶えても先祖の霊は不滅である。

 この冥徳福寿墓陵の建立は、建立者に福徳をいただき、平和な家庭を築き、自分が死んでも安心して安らげるお墓であり、私はここに次男のお墓も建立した。

 私が転生するまで、このお墓でゆっくり休むのが私の願いである。

2019/09/21(土)


おさよ供養の候補地
 昨日は越中五箇山の流刑者を供養した結果と供養の候補地について書いた。供養を行う地はおさよの塚がある付近が一番適当であろう。そのため仲間の一人が私の指示した場所の家を尋ねたが、留守だったと言う。

 そしてこの土曜日に二人で再度尋ねることにして準備をしていた。ところが今、娘がこの「よもやま話」を読んで、自分と親しい部落の総代がいるという。

 その総代はおさよの塚がある近くの合掌造りで飲食店を開いているが、お客はほとんど来ない。娘はわたしの実家があった付近の集落に多くの友達を持つという。

 願ってもない朗報に、私は金曜日までに総代にお願いして欲しいと願った。すぐに娘から電話があり、総代は了解したという。私は心に大きな喜びを感ずる。

 娘の話では、祖母が自分の案内役で、どんな要求も聞いてくれるのだそうだ。祖母は91歳で老衰で亡くなり、早40年近い歳月が流れた。

 願ってもないチャンスであり、五箇山に多くの知人を持つ娘の縁で、供養の場所がすぐに決まった。これも祖母の案内と流刑者の念が呼び寄せたのかもしれない。

 従ってこの土曜日の訪問は無しになって、1件落着! 娘の話では、祖母はアセンションして今は6次元世界にいるという。本当かどうかどうか信じられないが不思議なことに、家族を無記名で解脱供養をして霊障を発して苦しむ先祖を探しても、祖母の名が出たことはない。

 私がわが師へ導いてくれたのは祖母だったかも知れない。先祖供養が如何に大切か、それは先祖を心休まる霊界へ導く最短距離にあるからである。

2019/09/18(水)


照耀(しょうよう)行脚B
 おさよと吉間の悲劇は流刑という刑罰で終わりを遂げた。その悔しさは怨念となって今も苦しんでいるはずである。そう考えた私は二人の供養を思い立つ。

 それはお塔婆供養といって、薄い木の板に名前を書いた塔婆を、月に一度の例祭時に高僧に供養していただくものである。供養料は一体500円で、二人合わせて千円の供養を続けようと思う。

 どれだけ続ければよいか分からないが、とにかくおさよの悲運を悼み、期限を設けず続けることにしたのである。

 ところが4年目に近くなったある日、近くのスーパーマーケットで、中学生だったころの同級生、A子さんにばったり遭ったのである。山の中学は分校で、同級生は女が9人、男が7人の16名であった。

 そして中学1年生となった春、おさよが庄川へ身投げした小原集落のある家へ、横浜から転校してきたA子さんが加わり17人となる。

 そのA子さんを見た私はすぐにほれる。それは都会育ちのセンスの良い姿に加え、かわいい顔立ちが私の心を動かしたのであった。

 その思いを直接表すことはなかったが、いつも心に残り3年間を過ごして卒業する。彼女は町の女子校へ、私は工業高校へ合格して下宿生活を始める。

 卒業後の同級会はまだ高校在学中から続いた。だが彼女は一度も姿を見せなかった。寂しい限りであったが、月日は矢のように過ぎ、私は地元の電力会社へ就職し、結婚して富山市の社宅に住んでいた。

 するとあのA子さんが、近くに住んでいることが分かり、何度か訪問した。彼女は建設会社の社員と結婚し、平凡な生活を楽しんでいたようだった。

 そして私は会社の命により、福井県の敦賀市や石川県の七尾市へ単身赴任して新設火力発電所の建設に従事する。その単身赴任も終わり、私は50代半ばとなる。

 それはおさよを供養し始めて4年目が近づいた時であった。20年間も遭わなかったA子さんと、あるスーパーマーケットでばったり遭ったのである。
 
 A子さんは30代の息子を連れていた。話は長く続かず5分程度で分かれたが、私はこの時、おさよが私の供養で何がしかの証を得たと感じた。

 それは恋しくも悲しかった流刑時代の想いと身ごもり自殺して苦しんだ想いが、すべて私の供養で安堵の境涯に替わったと感じたのである。あれから現在までA子さんには遭っていない。

 A子さんとの突然の出会いは、おさよが私の供養を受けて感謝の念を伝えるべき、A子さんを通じて私に知らせたのであろう。

 おさよが身投げした近くの滝を撮った縁で、私はおさよと吉間の供養を思い立ち、その喜びはA子さんを通じて私に伝達された。これもわが師とのご縁の賜物であろうか。

 さて、本題に戻ろう。私は五箇山で流刑され、艱難辛苦を味わった流刑者の供養をお盆やお彼岸にしているが、今度はより高度な慰霊供養を現地で行いたいと思い、今その準備をしている最中である。

 加賀藩の流刑者200人の霊を癒すのは、仏陀の成仏法しかない。これから供養の場所を交渉するが、できることならおさよの塚の近くで行えるように神仏に祈ろうと思う。

2019/09/17(火)


照耀(しょうよう)行脚A
 今、世界各地で内戦やテロ、暴動など混乱の極みのある。なぜであろうか? その原因の一つに非業の死を遂げ、供養一つされていない犠牲者の怨念がある。

 それは人は霊魂で成り立っているからだ。その魂に癒しを与え、自分が死んだ存在であることを知らしめ、輪廻の道に導くことが重要である。

 わが師は釈迦の成仏法により、霊性を獲得することを修行の第一にされ、その根幹は次による。

 「霊の安らぎなくして国土の安らぎはなく、霊の鎮めなくして家庭の安穏繁栄は望めない」

 このように人は霊性を持つから、死んだらその霊をあつく供養してやらねばならない。その霊魂と私の係わり合いを詳しくお話しよう。
 
 それは五箇山へ流罪になった加賀藩の遊女”おさよ”の運命である。おさよは能登輪島の近くの山村に生まれ、たかが12,3歳で親の口減らしのために、輪島のそうめん屋にわずかの前金で5年間の年季方奉公にだされた。

 そして18歳になったとき、人買いの甘い口車に乗って金沢のいずみや長右エ門という曖昧屋へ身売りされる。いずみ屋はこの界隈きってのならず者で、加賀藩士高崎半九朗などとぐるになって、か弱い遊女を駆使し大儲けをしていた。

 この悪事がばれて藩主の逆リンにふれ、4名の武士は五箇山に流罪となる。そして加担した遊女19人は能登に流されたが、おさよは能登の出身だったため、改めて五箇山に流された。時に元禄3年のことである。

 五箇山の小原部落に流されたおさよは美人で芸や歌がうまく、村人に歌を教え、その歌が現在のおさよ節として残っている。住居は平小屋で牢への出入りが自由であったため、すぐに牢番の吉間と恋仲となり、身ごもることになる。

 罪人が村の若人と恋人になり逢瀬を繰り返せば、その結果は知れたもの。おさよはわが身の運命を悲しみ、近くの庄川に身投げして生涯を終える。

 そして牢番の吉間もおさよとの仲を哀れみ、供養のために全国行脚の旅に出たと言うが、その後の安否は分からない。そのおさよが住んでいた小原部落には身投げした地に標識が絶ち、道路わきには供養の塚が建立されている。

 この秘話は私も十分承知していた。そして私は風景写真が好きで、故郷の滝を求めて歩き回る。実はおさよが身投げしたすぐ上流に小さな谷川が流れ、そこに高さ10ほどの滝があった。この滝の滝つぼでよく大きな岩魚を釣った記憶があり、スローシャッターで滝を写す。

 現像してみると何と! おさよと吉間が写っているではないか! おさよは両手のたもとで顔を覆い、周りにはいくつもの水子と吉間が上から眺めている霊写真であった。この写真は私のHPで「写真のコーナー」をクリックし、「滝2」を見ていただこう。

 さて、私はこの写真により、おさよの悲しみを深く理解する。そして毎月、仏陀の成仏法による「お塔婆供養」を始めたのである。

 それは毎月続いた。そして4年近くの歳月が過ぎ、おさよの反応が実現したのである。詳しくは明日をご覧いただこう。

2019/09/16(月)


照耀(しょうよう)行脚@
 「照耀(しょうよう)行脚」とは、非業の死を遂げた犠牲者を供養するため、全国を行脚してその霊を慰める行為を言う。今、わが教団ではこの照耀行脚により、浮かばれぬ霊を供養して安らぎを与える法要が盛んに行われている。

 その発端は幕末から明治へ至る内戦で、多くの人々が命を失った幕末維新関連の犠牲者供養である。すでに何箇所も供養を果たし、特に北陸と縁の深い征南戦争による犠牲者を祀る、富山市の護国神社や於保多神社の慰霊碑の前で、仏陀の成仏法による供養をしてきた。

 そして今度はわが故郷の越中五箇山で、加賀藩の流刑になった人々を供養する法要を計画している。昔、加賀藩では罪を犯した罪人を里と隔絶された五箇山へ流し、罪人は独房に留めて罰してきた。

 その流刑は金沢藩士であった中村吉十郎等が、寛文7年(1667)に祖山へ流されたのが始まりで、その後決定的に藩の流刑地になったのは元禄3年(1690)であった。

 流刑地は庄川右岸の部落に限られ、その集落は五箇所が指定されたが、後に小原部落と篭渡集落が追加された。加賀藩は流刑者の逃亡を防ぐために、庄川に橋を作らせず、川を渡る方法は藤の蔓を編んだ紐に篭を吊るし、人力で引いて渡るしかなかった。

 川の両岸が1500m級の山に囲まれた五箇山は、格好の流刑地だったのである。流刑者が住居する小屋は、軽犯罪者が入る「平小屋」と、重罪人が入る「御縮小屋」(おしまりこや)の二種類があり、大きさは独房が9尺×2間、幼児を連れた者は2間×2間の小屋、そして罪人の子供が幾人も同居する小屋が2間×3間の三種類があった。

 御縮小屋は1坪程度の独房で、食料を出し入れする小さな穴を柱に彫り、小さな明かり窓が一箇所あった。食事の費用はすべて加賀藩から供給されたが、その量は生きてゆくのには最低限のものであった。(御縮小屋は田向集落に保存されている)

 軽犯罪者が入る平小屋は牢番がいたが出入りは自由で、大体11年くらいで改造か大修理が行われた。流刑された罪人は元禄3年から嘉永初年(1848)ころまでに159人で、明治維新までには200人に近い数字になるという。

 流刑者はさまざまで、女性や武士、町人などがいて、流刑小屋で病死した者や、舌を噛み切り自殺したり、明かり窓を壊し脱牢して捕らえられ、打ち首になった者などさまざまであった。

 悲惨なのは男女の交わりが禁止されているのに、平小屋からの出入りが自由であったため、村の少女と関係し、はね首に処せられ、少女は耳と鼻を削がれたが80歳まで存命したとある。

 さて明日はこの平小屋で起きた悲劇の詳細を記すが、その悲劇の犠牲者を供養してあげるのが「照耀行脚」の目的である。

2019/09/15(日)


人生の意味
 南砺市の病院で70歳から90歳の高齢者が集まり、「いい人生だった」など、18種類のカードから抽出した「人生最期に望むこと」を話し合った。

 私も80歳近くになり、人生もあと5,6年か長くても10年程度であろう。この齢になって自分の人生を振り返ると、文字通り山あり谷ありの人生だった。

 私が生まれたのは加賀藩の流刑地であった越中五箇山であり、父は水飲み百姓で、山の雑木を切り木炭を製造し、冬は東京に出稼ぎに出ていた。

 酒が好きで、稼ぎはほとんど酒代に消えたと母が嘆いていた。父が私に願ったことはただ一つ。それは関西電力に就職することだった。

 集落の一人が近くの水力発電所に勤めており、その裕福な生活がうらやましかったのであろう。私も父の願いを叶えようと、技術者を目指し、工業高校に入学する。

 時に昭和30年の春だった。家を出て高岡市の知人の家に下宿する。その部屋代も学費もすべて農協の事務員をしていた母が出してくれた。

 父の願いは成就したが、それは地元の電力会社だった。そして機械技術者として火力発電所の建設に携わり、45年の歳月を経て定年となる。

 私の趣味は風景写真の撮影であり、スピリチュアルな本を読むことであった。それには理由があり、自分の人生が苦の連続で、なぜこんな苦を味わわねばならないかとの疑問からであった。

 そして私はわが師の本により釈迦の真の教えである「アーガマ」(阿含経)により、人生の何たるかを知る。

 人はなぜこの悲しみと苦しみの世に生を受けるのか。それは長い輪廻の上で、自分の魂を清め高めて成仏(カルマの消滅)を目指すためである。釈迦はその成仏法を世に出され、二度とこの苦しみの世に輪廻しない魂の昇華を説かれた。

 私は世の霊格者やスピリチュアルな体験をした多くの人によって書かれた本を集め、この世の成り立ちや霊界など多次元世界の真相、そして宇宙の仕組みまでを知ることになる。

 ここで私が読んだ金星人オムネクの著書「金星人オムネク・地球を救う愛のメッセージ」(徳間書店)より、人生の真実をお伝えしよう。

 「人生は長い輪廻の上で、今生での運命をあらかじめ決めて生を受ける。それは魂を清め高めるために、今自分に何が足りないかを知り、あらかじめ人生を計画して生まれるのである。」と。

 あの釈迦も自分の死を悲しみでなく、喜びとして人生を全うされた。

 

2019/09/13(金)


揺れる免許返納
 昨日は家内を乗せて近くのスーパーマーケットへ行く。店の入り口は交差点で、右折しなければならない。信号は青で、右折のサインを出しながら、機会を待つ。

 直進車が過ぎて後続の車と30mほどの隙間が空いた。すぐに右折しようか、それとも待とうか、反射的に右折しようと少しアクセルを踏んだ。

 しかし、直進する車は軽四でスピードが遅いと思ったが、すぐにブレーキを踏む。もしこの右折を急いだ場合、もしかして直進車に接触するか、それとも歩道を横断する歩行者を跳ねるかも知れない。

 右折には横断歩道を渡る歩行者や自転車に最大の注意を払わねばならない。右折をあせり、歩行者の行動に注意しなかった場合、曲がってすぐに歩行者を跳ねるかもしれない。
 
 以前はこんなことはなかった。直進車のスピードや感覚を判断し、余裕を持って待機するか右折するかを判断できた。今回は待たずに右折すれば、相手の車は驚いたことであろう。

 今から4年前、富山市の中心交差点で、右折した時後ろに衝撃を受ける。右折の青→が出ているのに、直進した車に追突されたものである。

 幸い後ろのバンパーを破壊された程度で終わったが、右折が0.1秒遅れていたら私の車の横腹に追突され、私の命はなかったかも知れない。幸い右折しようと待機していたパトカーが一部始終をみており、現場検証も15分程度で終わった。

 相手の運転者は87歳のおじいさんで、赤信号を無視した直進であった。その記憶が今蘇る。

 今、自分の運転技術に不安を持ち、免許返納をするか否かを迷っている。免許はあと1年半まで有効だが、そのときは81歳。これで車の運転をやめようとも思う。

 しかし、車がないと不便な気持ちも強い。雨の日のお使いや、親戚縁者の葬儀など、気楽に訪問できなくなるからだ。

 トヨタのカローラルミオンからスズキのワゴンRに替えて、長距離運転はしなくなった。故郷への帰郷も娘に頼むことにし、私の運転暦は終焉を迎えつつある。

2019/09/12(木)


まだらボケ
 最近家内の言動がおかしくなってきた。まともな頭では考えられない言動が目立つ。それに注意力が減退し、トイレ室の電灯を消し忘れたり、親しい人の名や町内の家の名がすぐに思い出せないようだ。

 自分でも気づいており、記憶力が著しく減退していることを自覚しているよで、その原因はどうもストレスから来るのだと言う。以前精神科医に相談したとき、記憶の減退を自覚できれば認知症ではないと諭されたと話した。

 日常生活には支障なく認知症まではまだ遠いが、このまま進めば症状が悪化しないかと心配なのである。昨日の夜も百万円単位の数字が分からないという。

 1,000,000円が百万円だが、この数字が理解できないのだという。私は何度も詳しく数え方を教えてやったが、家内は今年から天命殺という凶運気に入った。来年がピークとなるが、まだまだ症状は悪化するのではないかと心配なのである。

 天命殺とは9年周期で回ってくる運気の減退時期で、体力・気力・知力が低下し、いろんな症状がでるのである。

 私も80歳近くになり、親しい人の名が出ないことがある。だがすぐに思い出すが、認知症にならないために瞑想を欠かさない。瞑想は心身をリラックスさせ、心を無にして自身を鍛える精神修行である。

 釈迦も深い瞑想で悟りを得られたように、仏道修行では必須の課題だが、毎日床に入る前にベッドに座り、一日の反省から今後の目的に向かって心を平静に保つことが、心身を浄化し脳を活性化させてくれるのである。

 家内は老後の生活を心配しているようだ。それは第一に老後資金の確保であろう。専業主婦として過ごした人生は、私の給料から毎年海外旅行に行き、すでに世界の隅々まで旅行してきた。

 その回数は23回で、行かない場所はアフリカのサバンナにアマゾンのジャングル、北極や南極などであろう。今になって老後を心配しているが、年金をもらいそれを貯蓄しても、その額は知れたものである。

 老後資金が2000万円も必要だと騒ぎたてるから、家内も心配しだした。この私だってそんな額を貯金していない。認知症になって施設のお世話になるとき、どれだけの資金が必要になるか、その心配は私も同じである。

 この超高齢化社会を安穏に暮らすには、すべてはお金である。あとはピンピンコロリだが、人生はそう簡単には終わらせてくれないであろう。 

2019/09/11(水)


幕末維新動乱犠牲者供養
 今日は幕末維新の動乱期で、日本が翻弄された犠牲者を供養する、「幕末維新動乱犠牲者解脱成仏・神仏両界・大柴燈護摩供」が、会津若松市の鶴ケ城隣接地で行われた。

 江戸時代、日本は鎖国政策を続け、天下泰平の世を横臥してきた。しかし、世界では欧米諸国が競って多くの国々を植民地化し、19世紀に入るとアジア諸国も次々とその波に呑まれてゆく。

 そのような情勢下、ついに浦賀沖へ黒船が到来、日本は大混乱の中で開国を迫られ、幕末の動乱期に突入する。その結果、全国各地でさまざまな動乱、戦い、事件が発生した。

 幕末維新に関わった人々は、実に多岐にわたり、特に戊辰戦争は日本全土を巻き込んだ内戦であった。いわゆる官軍・賊軍と呼ばれたどちらにも相応の言い分があったが、明治10年の西南戦争で幕を閉じる。

 しかし、その正否を論ずるよりも、その怨念・恨み・悔しさが今も晴れずに残り、現代を生きる自分たちにも影響を及ぼしていることが問題となる。

 この大規模な幕末維新の犠牲者を供養する「大柴燈護摩供」は衛星を通じて全国の道場へ配信され、私も出席して犠牲者を弔ってきた。

 このような動乱は昔から世界全体の問題であり、人類の歴史は戦乱の歴史である。それらの悲惨な犠牲者は供養も受けず、今も幽界で苦しんでいる。

 それらの犠牲者を供養しなければ、その怨念は絶ちきれずに世界が混乱の極みになり、益々動乱は加速するであろう。それは動乱だけでなく、人心の乱れから自然を破壊し、転変地異となってこの地球全体が大きなカルマを招くはずである。

 その序の口が、今の世界の動乱と自然破壊による環境の悪化であろう。人は霊的な存在であり、肉体は無くなってもその魂は輪廻して永遠に進化を目指す。だがこのような怨念を残すと輪廻もできず、永久に苦しみの中で過ごすことになる。

 その苦を消滅させるのが仏陀の「成仏法」である。この魂の浄化なくして平和な世は到来しないと断言しよう。

2019/09/08(日)


31文字の歌
 越中高岡市は万葉集との縁が深い。それは大伴家持が国府として5年間、今の伏木古国府勝興寺付近にあった国庁に勤めていたからである。

 それは天平18年(746)から天平勝宝3年(751)で、家持にとって歌の絶頂期にあたる成熟期であり、国内を巡狩して要所要所で220首もの歌を詠んだ。

 その伝統を受け継ぎ、富山県高岡市では「全国高校万葉集短歌バトル」が開催され、第4回目を迎えた。私は短歌が好きでよく自分で詠んでいたが、風景写真のHPを制作しようと思ったとき、この短歌を写真に添えようと思う。そしてできたのがこの「私の風景写真」である。

 それは娘がHPの制作に強く、私の思い通りに仕上げてくれたことである。HPを作ると益々風景写真のとりこになり、富山県や近隣の県をくまなく回り写真に収めてきた。

 それは写真が一人で遊べ、写真クラブ入れば仲間と語り、最後は記録に残るからであった。今から約25年前、キャノンの一眼レフEOS5を買い、その後写真の進化と共に数台を追加、最後はより鮮明な写真が撮れるマミヤの中判カメラへ移行した。

 そしてデジタル社会が到来する。カメラのデジタル化は目覚しく、その性能もフイルムカメラに劣らなくなる。デジタルの利点はすぐにデーターをパソコンに収納できることである。かくして私は約400枚のフイルムを写し、デジタルへ移行する。

 越中富山スペシャルでの万葉集ゆかりのバトルは、富山中部高校が星野高校に敗れ2位になった。

 私のHPをご覧になった方は写真の横に添えた短歌をご覧になったであろう。私の心情を歌ったのは、(風景写真4)の高速道路の夜景「明日への道」の一句である。

 ”道しるべ 歩き通して 80年 はるかな明かり 近くなりけり”

 私はもうすぐ80歳を迎える。この80年は四苦八苦の連続であった。その最たる苦が、小学4年から30歳まで続いた吃音(どもり)と、火力発電所建設時における安全管理のストレスであった。

 月日は矢のように過ぎ、今は安穏な日々を過ごす。そしてまだ写真を撮りつづけ、毎日メールで娘に写真を送り、HPトップの写真を更新している。

 このHPは私がボケるか、死ぬまで続けよう。私の歩いてきた道は、このHPとこの「よもやま話」が総てを物語る。

2019/09/06(金)


超高齢化社会
 今朝5時ころ、家の前を大きなサイレンを鳴らし救急車が通り目がさめた。するとすぐに停車し音が止む。家を出て確認する気にもなれず、また寝てしまった。

 昨日は家内の姉が来て、夫と喧嘩したとき叩かれて体調が悪いという。そして定期健診の日でもあり、遠く離れた市民病院で検査を受けたいと、家内に同行を求めた。

 朝の8時から受付が始まるが、8時過ぎに着いて受付を済ませても、97番目だったという。結局診察が終わったのは午後1時で、病院は高齢者で超満員。総合病院だから当然であろうが、それにしても患者数の多さに驚きを隠せない。
 
 私も持病を持っているが、月に一度の診察で、それも薬をもらうためで、今のところ健康に近い。健康の秘訣は食事であろう。昨夜の「NHK試して合点」で知ったが、マグネシュウムが健康を支える一番の要素だという。

 人間の身体には60種類もの金属があり、それがバランスをとりながら健康を維持している。そのマグネシュウムを含む食品を紹介していたが、私は家庭菜園で取れた野菜をふんだんに摂っているので、健康を維持できているのであろうか。

 国の福祉予算は32兆円だというが、来年度の医療費は高齢化で5000億円も増額するという。最近、新聞の死亡欄では100歳を越える死亡者が毎日報告されている。

 50年前は平均寿命が60歳程度だったのに、今では80歳を超えた。このまま時が進めばまだまだ平均寿命は延びるであろうか。

 少子高齢化社会は福祉予算で破産の危機を迎えることであろう。税収が60兆円に膨れ上がりバブル経済時を越えたというが、福利厚生費が爆発的に増え、次年度の国家予算も105兆円だと試算された。そして国と地方の借金は1100兆円を超えたと言う。

 消費税を10%に上げても微々たるもの。このまま進めば国家予算も借金で破滅の危機にある。その国家破産を避ける明暗はあるのであろうか。

2019/09/05(木)


香港の動乱
 今、香港で起きている若者の動乱は、世界に衝撃を与えている。数十万人の若者が集まり、民主化を求めて政府に迫る。一国2制度の中国では、かってイギリスの植民地であった香港が中国よりの制度を嫌い、より民主化を求めるのは当然のことであろう。

 この動乱は終着点が見えない。今のところ警察とのいさかいだけだが、動乱が加速し中国の武力が加われば悲惨な結果を招くことになる。

 このような動乱は古来から予言されたことである。その詳細は地球・先史文明研究家の浅川嘉富氏の著書「2012年アセンション最後の真実」(学研)に詳しく述べられている。

 ここでその一部を引用させていただこう。それはアメリカ先住民ホピ族の予言である。ホピ族など古来の先住民は、宇宙の同胞たちからいろんな智慧を授かった。そしてこの地球人類の未来を受け継いでいるのである。

 「高い地位の猟師と低い地位の猟師との間に、狩り合いが始まるだろう。高い地位にいる者たちは、暴動やテロリズムを通じて獣のように狩られるであろう。

 指導者たちも報復し、狩り合い合戦が始まる。やがてこの状況は力を増して広く行き渡り、世界中どこであれ、統制が効かなくなるであろう。」

 これがホピ族の未来予言である。この予言を読んでみると、今の香港がまさしくこの予言に該当することがお分かりであろう。予言は大規模な戦争の端緒となるのは、病的世界にいらだった民衆の蜂起と、虐げられたマイノリティ、すなわち持たざるもの、貧困にあえぐ弱者の復讐である。

 21世紀に入り、世界各地で騒乱が発生し、あわせて大規模な自然災害が起きて、この先人類の生存に赤信号が点滅しだした感を覚えるのは私一人ではあるまい。

 ほかにも地球大異変の予言はいくつもある。それらは霊格を持つ人々により、霊界から啓示を受けたものである。また選ばれた人々による宇宙の先人達からの警告も多く受け取られている。

 この先、世界は魂の進化に向かって精神的に大きな変革を余儀なくされるであろう。それが叶わねば、天は転変地異を持って人類を強制的に選別し、覚醒した人々を高い次元へ導くはずである。

 俗にアセンションと呼ばれる次元の上昇、すなわち魂の進化である。

2019/09/03(火)


今月のテーマ更新
 毎月、茨木市にお住まいの朝妻様から、全国的な俳誌「雲の峰」を頂く。そしてその俳誌の中から4句を選び、更新する「今月のテーマ」の写真に添えるのである。

 今月はわが富山県の誇り、立山の初秋を俳句に合わせた写真に添えた。立山はケーブルと高原バスで、1時間足らずで2450mの室堂まで登れる。

 私は4月の開通から晩秋にかけて何度登ったことであろうか。勿論写真を撮るためだが、一度は山の好きな先輩に誘われて立山の頂上から剱岳のふもとにある山小屋で泊まり、雪渓を下りながら黒部峡谷の欅平駅から、黒部峡谷鉄道で宇奈月温泉まで2泊3日の山旅をしたことがある。

 山の魅力は登った人にだけ感動を与える。しかし山岳の写真もそれに劣らず、大きな感動を持って見る人を圧倒する。私は山岳写真家ではないので平凡な写真しか撮れないが、名だたる有名写真家の写真集を集め、その空撮を楽しんでいるのである。

 雲の峰を主宰される朝妻様の一句が私を感動させる。その一句とは、

 ”峰雲の 峰のつらなる 紀伊大和” である。

 あるとき登った大日岳の縦走路で、年配の写真家が剱岳を撮ろうと待ち構えていた。しかし、峰に雲がかかり絶景とならない。長い間、雲の晴れるのを待ち続ける姿を私は後ろから写真に撮った。

 その写真を一番に載せたが、ご覧になればどんな気分になれるであろうか。絶景はそう簡単に撮れるものではない。チャンスは時の運、それを気長に待つのが写真道であろう。

 私はこの写真のHPで、すべての写真に自作の短歌や俳句を添付した。それは写真では表せない自分の心境を、句として説明しようとしたものである。

 パソコンを買い、インターネットで写真のホームページを作成したのが平成12年だった。以来、20年近くに及ぶ活動が私を支えてくれた。

 このHPを作成してくれた娘には今もお世話になっている。娘なくしてこのサイトは成立しなかった。娘には深く感謝しよう。

2019/09/02(月)


ネガティブな魂
 人は前世でいろんな因縁(カルマ)を積み、そのカルマの解消に向かって現世に生を受ける。だが、その理論が分からず、解消どころか、新たなカルマを積み、来世へ向かう人がほとんどであろう。

 前世でのカルマは現世でいろんな因縁となり、人々を苦しめる。わが師はその因縁を二十数種類に分類されるが、その三大悪因縁を「横変死の因縁」「強い家運衰退の因縁」そして「刑獄の因縁」とする。

 この因縁を切り、無垢の身となって、二度とこの世に輪廻しない法を仏陀の「成仏法」とするが、悪因縁で亡くなるとその魂はネガティブなまま幽界で苦しむのである。

 ここで金星の五次元世界から波動を落として地球人となった、オムネク・オネクの話をしよう。オムネクはフランス革命の時、大きなカルマを積み、その解消と地球人に輪廻転生の真実を知らしめるために、アメリカのある少女と入れ替わったウォークインである。

 その著書「金星人オムネク地球を救う愛のメッセージ」(徳間書店)では、事故や災害、戦争に自殺や他殺など不慮の死を遂げた人が、あの世でどんな生活をしているかを克明に書いている。

 それはその死があまりにも突然で、自分の肉体がもはや魂が宿れないことを知らず、また果たせぬ欲望やこの世への愛着が強いために、旅立ちを受け入れずに死を自覚できないでいるのである。

 オムネクの話はわが師の話と同じである。それは次元を超えた高次元を視れる能力のある場合で、我々凡夫では知る由もない。

 この死亡が戦争による場合はより悲惨である。人間同士が武器を持ち殺しあう。その末路は残念無念の一言であろう。だからそれらの非業の死を遂げた人々を霊的に救うのが解脱供養である。

 私は多くのスピリチュアルな本を読み、その結末を良く理解している。だから親戚縁者の多くの人を仏陀の成仏法による解脱供養で供養してきた。

 昨日の西南戦争での犠牲者の供養もこの理念による。この地球社会は如何に非業の死を遂げた人が多いか、それは苦しみと悲しみの学校であるからだ。

 非業の死を遂げ、幽界で苦しむ人々を救うことが、世を安定させ新たな次元へ向かう糧になると断言しよう。

2019/09/01(日)

My Diary Version 1.21
Written by 中村邦夫 CGI提供じゃわ